sea to summit2014 DAY6
2014-08-14 Thu 09:03
 いよいよ槍穂に挑む核心の日。いつも通り0300に起床し、朝食を頬張りつつ小屋を後にした。今回、小屋の弁当はおにぎりではなく幕の内弁当だったので、朝食はカロリーメイト。小屋弁当は槍ヶ岳山荘で食べる事とした。双六山荘を出ると、辺りは霧に包まれて視界は悪い。西鎌尾根方面のルートが分かり辛かったが、しばらく彷徨って何とかルートを確認。出発は0430にずれ込んでしまった。

 先ずは樅沢岳への登り。急登はなく、一定の斜度を淡々と登る。しかし、胃が痛くなかなかペースが上らない。飴をなめたりしながら騙し騙し進むが、症状は一向に改善されない。入山時に用意し、船窪小屋以降食事毎に服用していた胃腸薬も今日の朝食摂取時に使い切ってしまった。こうなったら双六小屋の富山大学診療所に戻るか、槍ヶ岳山荘の東京慈恵医大診療所に進むかの2択だ。苦しみながらも30分程度で樅沢岳に到達。想定タイムよりは遅いが、何とか槍ヶ岳山荘までは行けそうだ。意を決して前進する。しかし、硫黄乗越を過ぎた辺りから確実にペースが落ちた。体温も上らんし、心拍も上らない。風が冷たいエリアだが、岩陰に身を隠して小屋弁当を摂取する事にした。相変わらず食欲はなく、遅々として箸は進まないが、無理矢理弁当を押し込んで何とか完食。これで槍ヶ岳山荘まではもつだろう。
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 西鎌尾根の岩稜帯をすすむうち、時折石がネットで覆われた形でルートが整備されている地点に到達した。この様に手の込んだルート整備は、小屋が近いことを意味していると考え、俄然ペースが戻った。こうして0700、槍ヶ岳山荘到着。これで何とか生き永らえたと言うのが正直な感想。山荘入口でザックを降ろし、ネクターを購入。自宅に電話を入れ、職場の同僚にメールを送る。まだ時間が早い事もあり、天候も今ひとつなので槍ヶ岳に登頂する気にならない。ならばと山荘隣にある東京慈恵医大診療所に向う。時間は早いが診察してくれるというのでお邪魔する。中にいたのは油井先生だった。昨年のTVドキュメンタリーで取り上げられていた山岳診療医。毎年お疲れ様です。問診から入り、体温測定・SpO2測定・腹部触診とすすむ。BTは37.1℃!?マジで?行動中も体温が上らんで寒気を覚えていたのに微熱!?そう言えば昨日の双六山荘でクシャミが続いたな。軽く風邪引いてたんやろか。SpO2は84%。おぉっ!コレは低い。触診は特に著変なしとの事。油井先生曰く、長期登山による体力の消耗と、食生活の乱れ・栄養不足が原因ではないかと。胃腸薬(ガスター・ビオフェルミン)を処方するけど、これからのルート(大キレット・ジャンダルム等)を考えると無理は出来ないので、良く考えて行動する事。との説明を受け、無事胃腸薬を受け取ることができた。腹部症状さえ落ち着けば行動継続できるはず。

 診療所を後にし、ザックの置いてあるベンチに戻る。次第に雲が晴れてきた。部分的に青空が広がる。丁度登頂者も少ないようだ。タイミングよく天候が回復してきたので、7年振りとなる槍の穂先に取り付いた。ルートは明確に整備されており、登り・下りも分離されている事から、スイスイ進むことができる。ストレス感じる事無く頂上直下の梯子場までたどり着き、先行の方が初槍ヶ岳だとの事からユックリ登ってもらい、しばし間を置いて槍ヶ岳の頂に立った。周囲には10名強の登頂者。ブロッケン現象にはしゃいでいる人や、頂上の祠で記念撮影に励む人など思い思いに槍ヶ岳の頂上を満喫していた。取り急ぎ祠で登頂の写真を撮り、下山にかかる。しかし、下山の梯子場には5~6名のパーティがおり、下山に手こずっていた。岩場に慣れていない様子であり、無理を言っても仕方ない状況だったので、大人しく後について下っていった。ところが、鎖場周辺で後から来たトレイルランナー風おっさんがルートを外れて強引に先行しだした。頭使えよ。自分が危険にさらされるだけじゃなくって、不用意な落石で下にいる人殺すかもしれんやろ。おっさんの行動見た鎖場の人が焦って転落してまうかもしれんやろ。確かに遅いかもしれんけど、皆慌てんと待ってるんや。脳味噌足りん行動とるなや。
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 無事に槍の肩に戻り、前を歩いていたパーティの人達がハイタッチしている横をすり抜けるつもりがドサクサに紛れて一緒にハイタッチしまくった後、再びザックを背負って南に足を向けた。ここからは大喰岳~中岳~南岳に至る岩稜帯。さほどアップダウンは大きくないが、岩場・ゴーロ帯と足場は悪く、リズムが掴みにくいルート。南岳からは大キレット地帯となり、北アルプスでも根強い人気の難所。大キレットを越えると北穂高岳~涸沢岳を経て今回登山の最終アタックキャンプとなる穂高岳山荘。しかし、大キレット・涸沢岳は難所かつ大人気ルートであることから、大渋滞が懸念された。今朝の槍登頂往復を見ても、岩場での渋滞ッぷりは半端じゃない事を思い知らされた。併せて小屋で得た情報によれば、昨日天気が悪かった事で大キレット・穂高縦走を目指す人が数多く山小屋で停滞していたらしい。天候が回復した今日、その人々が大挙してルートに入っている事が懸念された。
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 そうと分かったらゆっくりしていられない。南岳小屋を目指して登行を急いだ。回復した天候も中岳を過ぎると再びガスに包まれ、視界は100m程度に。暖かい日差しがさえぎられ、寒気を覚えると同時に胃痛・下腹部痛が再びブリ返した。悶絶しつつも0930に南岳小屋に到着し、一息つく。何か米類を腹に入れたかったが、まだ軽食営業時間にはなっていなかったため、カップヌードルを注文して大キレットに備える。虎の子のガスター・ビオフェルミンをここで服用し、今日一番の勝負所を攻める準備は整った。
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 南岳小屋を出、大キレットに向けて高度を下げる。先行していた3人パーティがいたが、ルートを誤ったらしく出戻ってきた。その姿を横目に見つつ岩場を下る。不帰キレットの時と同じような風景。デジャヴか。しかし、有り難い事に不帰キレットと同じように先行者は少なかった。難所渋滞を心配していたのだが、天候が回復しなかった事から回避した登山者が多かったのだろうか。不帰キレットの時と同じようにリズム良く岩場をクリアしていく。
A沢のコルを眼下に望むようになった頃、本格的に天候が回復し、快晴状態となった。天は我に味方した。気温も上昇し、防寒具を脱いで衣類調整する。胃腸の調子も回復し、足腰も万全に動く。何の杞憂もなく大キレットを歩ける幸運に感謝し、北穂高小屋を目指した。
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 急峻な岩のアップダウンをこなし、北穂高小屋直下へ。いつも思うことだが、最後のこの登りが嫌らしい。大キレットを超えてきてハードな直登。息を切らしながらこの難所をクリアし、1200北穂高小屋に到達。これで今日の山場はクリアした。小屋でゆっくり休息しよう。小屋前のベンチにザックダウンし、売店でなっちゃんを購入。軽食コーナーでパスタを注文。南岳小屋では米類を所望していたが、体力の消耗により食欲は減退し米は無理。ラーメンなど味が濃いものも無理。あっさりしたパスタに決めた。ベンチに座りつつなっちゃんをチビリチビリやってパスタの仕上がりを待つ。程無くパスタが手元に届き、歓喜の昼食。北穂高小屋のベンチは展望が抜群だ。槍~穂は南北に一望できるし、常念~蝶の山筋も美しい。遠く表銀座も目に取れる。快晴の北アルプスを愛でながら食べるパスタ。最高に旨かった。しかし、胃腸の不調は隠せず、30分かけても半分しか食べる事ができず、泣く泣く返却する事とした。山で食べ残すなんて最悪やのに。今回の登山で一番悔いが残る場面だった。

 食欲は落ちていたが、胃痛はガスターによって抑えられていた。体調が崩れる前に穂高岳山荘に到着せねば。1230に北穂高小屋を出発し、涸沢岳を目指す。北穂のテント場に至る道の前では、山荘スタッフが雪渓にチェーンソーを入れてステップ造りに励んでいた。暑い中お疲れ様です。ここから先のルートもさほど混雑しておらず、自分のペースで最低コル~涸沢岳へと進むことが出来た。そして穂高岳山荘へ。既に頭の中でTOP GUN ANTHEMが流れるほど達成感を感じた。勿論、最終日である明日の奥穂~西穂が今回の山行のハイライトとも言える最大難度の危険地帯であることは間違いないのだが、6日間かけてここまで来れた事。最高の天気に恵まれながら大キレットなどの難所をクリアできた事。あと半日で9年前叶えることが出来なかった念願を果たすことが出来る事など、既に感無量に浸る要件は揃っていた。
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 穂高岳山荘は多くの登山者で賑わっていた。受付待ちがあったため、コークを購入して順番を待つ。他の人たちはラーメンやカレーを注文したり、ビールを何杯も空けて盛り上がったりしている。いい雰囲気だ。皆が山を楽しんでいる。自然と顔がほころんだ。受付を済ませ、部屋に向う。立山と言う2階にある西向きの部屋。定員は20名程だろうか。既に7名のパーティがおり、私が入室した直後に隣に2名のパーティが入室してきた。部屋に到着してからは即座に荷物をまとめ、就寝準備と明日に向けた準備を終えた。布団に寝転がっていると、後から入ってきた2名のパーティが話しかけてきた。聞けば定年を迎えた親爺さんと40代の後輩さんらしかった。彼らは前日の涸沢までの行程を面白おかしく聞かせてくれ、こちらの登山行程にも興味を示した。一しきり話した後、2人はビールを飲みに階下へ赴いた。私は大相撲をラジオで聞きながらしばし横になる。

 ふと、下山後の行程が気になった。双六山荘では受付にバスのダイヤが書いてあり、色々と参考になった。穂高岳山荘も大きな山荘だから各種パンフレットなど取り揃えてあるだろうと思い、受付周辺へ向う。しかし、談話室に登山書籍は豊富にあったが、パンフレットなどはさほど陳列してなかった。チト困ったな…と思っていたとき、ソファの向こうから「おい、親不知!」と大声で呼ばれた。先程部屋で話していた定年親爺さんだ。隣に座って話を続ける。既に親爺さんはホロ酔いだ。しかし、元々人が好いのか、語り口様が優しい。仕事の話になっても「営業は愛だよ愛!」と熱く語り、コチラの仕事の話にも熱心に聞き入ってくれた。話を進めるうち、お2人は医療関係の営業さんらしいことが分かった。職場でMRさん(製薬会社の営業さん)の大変さを目の当たりにしている自分としては、医療系の営業さんの大変さは身に沁みて分かる。お2人は北陸エリアへも脚を運ばれていたようで、各地の病院・大学でのエピソードを聞かせてくれた。

 夕飯の時間になった。もう既に肉料理は諦めていたが、やはり魚料理だった。。。テーブルの片隅に座ると、はす向のお爺さんが話しかけてくる。定番の入山はどこ・行程はどこ話。親不知から入って6日目と伝えると目をひん剥いて質問を連発してきた。素直に答えると、「双六から穂高小屋?ありえん!そんなん登山じゃない!」と何故か怒られた様な気がしないでもないが、明日以降の奥穂~西穂ルートについて詳細にアドバイスをくれた。ただ、このお爺さんも酔っ払っていた可能性が高く、「天狗のコルで進退を決めるべき」を連呼していた。爺さん曰く、とにかく逃げるのなら天狗のコル以外にエスケープルートはなく、もしビバークするにしても雪渓が残っているはずだから天狗のコルで一晩を明かせ、無理はするなと同じ話を何度も聞かせてくれた。食欲が落ちたため食事時間が長くなってしまった私にとっては爺さんから逃げる術はなく、為されるがまま爺さんの話に相槌を打ち、何故か同じパーティのメンバーが部屋に戻った後も私に付き合うように一人残ってくれた爺さんと美味しい夕食を食べ続けるのだった。
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 夕食を食べ終え爺さんから解放された後、部屋に戻って営業パーティさんたちと夕日を楽しむ。部屋の中から写真を撮ったりして明日の好天を祈る。すると、営業パーティさんたちと共に反対側にいた中高年パーティの人たちも明日の好天を約束してくれ、私を激励してくれた。やはり多くの登山者にとって奥穂高岳~西穂高岳のルートは大いなる憧れなのだろう。一般ルートとしては国内屈指の難易度を誇り、入山者も少ない。エスケープルートも限られる。小屋などの緊急避難設備が皆無である点など、人を寄せ付けない要素に事欠かない。私自身、7年前にFみと共に槍~穂縦走2泊3日でトライした時、初めて足を踏み入れた。あの時は南岳小屋を出発して夕方西穂高小屋にテント泊した。馬の背の切れ落ち感が半端なかった事と、足場が脆く、常時落石に注意を払う必要があったことを強烈に覚えている。ジャンダルムに登るルートを見落とし、スルーしてしまったのも心残りだった。いよいよ明日、それらの思いをすべてぶつけるべく難ルートに挑む。
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