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上高地-北穂高-奥穂高-前穂高-上高地
2016-10-08 Sat 11:06



 7月の勝山市街~白山の山行中に右膝を痛め、休足期間を設けたにもかかわらず8月の白山禅定道トレイルマラソンで再発し、9月の市民駅伝は出走することができなかった。このまま登山シーズンを終える事に焦燥感を覚え、何としてでも高山帯に1泊2日で行く事とした。

 とは言え、脚が故障中につき無理できない上、7月以降はトレーニングしていないことから大幅なパフォーマンス低下が予想される。これまでの様なコースタイムをガシガシ削っていく山行は望むべくもない。無難に回れる山は…折角の機会なんやから、今まで言った事のない所に行ってみようか。で思いついたのが上高地発着の北穂-奥穂-前穂縦走。これまで上高地に行った回数は3回。高校~専門学校時代に行ったっきりで相当ご無沙汰だ。そして今回人生初めて足を踏み入れる涸沢。あの有名なカールから望む穂高連峰を自分の目にも焼き付けておきたい。更に、前穂も初めて登頂する。奥穂以降の登山道は果たしてどれほどのものか。国内ではメジャールートとして知られたこのコースだが、自分としては未知なる世界だけに期待に胸が大きく踊った。

 前日夜、勝山を後にして一路平湯へ。槍穂方面といえば新穂高ばかりベースにしていたが、初めてのアカンダナ駐車場。ここからバスで上高地に向う。10月に入った事と台風が通り過ぎた直後であるため駐車してある車は少なめ。心配していたバスに乗れない心配及び上高地渋滞は避けられそうだ。この日の夜はさほど気温が下がる事はなく、快適に眠ることができた。

 明けて翌朝。日の出が近付いても車が増える気配は無い。朝食・登山準備を済ませバスターミナルへ。待っている客は20人ちょいと言ったところか。定刻どおりバスは到着し、つつがなく上高地へ。釜トンネルを抜けてから広がる景色は自分にとって新鮮なもの。20年前の記憶はほとんど残っておらず、梓川の美しい流れに見とれるうちにバスは到着した。

 バスを降りて最後の身支度を整える。さて、登山口はどこか?バスターミナル周辺はもっと栄えていて建物が立ち並んでいるイメージがあったが、幾つかの大きな建物があるだけであった。周辺図を見て方角を確かめ河童橋方面へと向う。空は台風一過の青空であり、気温も最適。走りはしないが速歩で進んで今の自分の実力を探っていく。
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 河童橋を過ぎて観光客はごそっと減少し、周囲は登山者だけの世界となる。今のところ身体に不調は感じず順調なペースだが、如何せん単調な林道歩きには飽きてしまう。普段見ることのない山の稜線を眺めて山座同定をしたりするが、ずっとそれだけで時間を潰せるわけでもない。前を歩く登山者を追いながら黙々と脚を進める。こうして横尾まで進み、小休止することにした。小屋の周辺では多くの登山者が休んでおり、登山シーズン最終盤とは思えない賑やかさだった。
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 さて!横尾大橋を渡っていよいよ未知なるトレイルへ!これまでの林道歩きとは違い、手入れの行き届いた登山道を進む。やっぱ土&岩の道のほうが自分は好きやわ。しかし、樹林帯に入ると前日の台風の影響でなぎ倒された樹木が幾本も行く手を塞いでいた。これは昨日まで山にいた人は大変やったやろうな。テントなんか張った暁には確実に飛ばされたやろ。

 散発的に倒木エリアが出現したが、何箇所かではチェーンソーを持った方々による復旧作業が進められていた。整備ありがとうございます。本谷橋を過ぎた頃から徐々に植生が変化しだし、彼方の景色が展望できるようになってきた。おぉ!涸沢カール!紅葉もピークを過ぎてしまったため、雑誌などでお目にかかる絶景とまではいかなかったが、それでも青空をバックにした涸沢カールは美しい。北穂・涸沢岳・奥穂・前穂を一望できる特等席と言えよう。
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 涸沢小屋を前にして脚の疲労はなかなかのもの。ここから幕営地である北穂小屋までは、更に傾斜を増したワンピッチとなっている。涸沢小屋で十分な休息をとらねば。ここではカレーを食し、エネルギー補給は完了。いよいよ本日の大一番、北穂南稜へと脚を踏み入れた。久方振りの激斜急登。既に脚は疲労を隠せず、ストックワークで誤魔化しながら何とか進む。何も考えずに黙々と進むと、眼下に広がる涸沢テント群。今日の幕営数は少ないものの、それでも色とりどりのテントを眺めるだけで心が和む。あぁ、いま山ん中にいるんやなぁ。と登山中である幸せを噛み締める。辛くはあるが、周りを見わたせば自分の大好きな景色が広がっている。これぞ至福のひと時。
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 ほうほうの体で北穂小屋に到着。これまでに何回か通過したことはあったが、幕営するのは初めて。つーか、ここで幕営することも今回の登山の大きな目的の一つ。幕営地は比較的広いが、槍の肩のような岩場の狭平地にテントを張るかたち。小屋からも離れているので、できるだけ上部の小屋に近い地点に幕営する。幕営完了したらいつもの如くする事がないので、小屋に行って時間を潰す。軽食タイムはすんでしまったため、コーラを購入して北アの山並みを愛でる。
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 その後テントに戻り午睡をした後、日没風景を撮影しに北穂山頂へ。丁度飛騨側に雲海が広がり、白山方面に沈む太陽が美しく輝いていた。山小屋に宿泊しているお客さんも何人か眺めに来ている。小屋締めが近いこの時期、快晴の風景を楽しめる機会はそれほど残されていないだろう。小屋スタッフの方もこの光景を撮影していた。茜日が雲海の彼方に沈み、気温が下がってきた。テント泊の人間は体温を奪われるわけにはいかないので、そそくさとテントに戻る。この日の幕営者は都合3パーティーといったところだった。
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 夜の帳が下り、長い山の夜が始まった。何もすることがないので睡眠に徹する。しかし、装備を削って軽量快速登山装備の自分にとって、この時期の3000mテント泊は防寒の観点で貧弱といえた。身に付けている服装は、登山用アンダーウエア上下(薄手)・コンプレッションウエア上下・ダウンジャケット・レインウエアのみ。シュラフも軽量化を第一に考え、掌サイズの夏用インナーシュラフ。地面からの冷気が体温を奪っていく様を身をもって感じ取ることができた。この日は一晩中晴れ渡っていたものの、放射零曲には至らなかったため、そこまで寒さに苦しめられる事はなかったが、夜中に何度も目が覚めたのには参った。ダウンパンツとかマットとか工夫せんとあかんな。

 そのような有様で4時には起床し、星空撮影に向った。丁度月は沈み、冬の星座が奇麗に瞬いている。様々な角度から条件を変え撮影し、槍ヶ岳や笠ヶ岳、奥穂前穂のシルエットを挟み込みつつ様々な星野を撮影した。そのうち東空が明るさを増し、日の出の時刻となった。今日は信州側も見事な雲海。絶景かな。神々しい風景に見とれるうちに完全に夜が空け切り、登山者が行動を開始する時刻となった。私も早い時刻に出発して行動する予定だったが、撮影に夢中になっていたらどんどん時間が経過してしまい、まさかの0700撤収行動開始となってしまった。
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 今日最初のワンピッチは北穂から穂高岳山荘まで。何度か通っている道なので不安はない。昨日の疲労も残っておらず、快調に脚は進む。穂高岳山荘を通過し、奥穂高岳へ。この日も登山者はさほど多くなく、自分のペースを守って歩く事ができた。無事奥穂高岳を登頂し、いよいよ待望の前穂高岳へ。こっからは全く知らないルート。期待に胸躍らせて足を踏み入れる。しばらく歩いて抱いた感想は、槍ヶ岳の西鎌尾根に似た雰囲気があるなと。狭い尾根線を所々左右にルートを振りながら進んでいく。岩・ガレ主体の地質であり、細かなアップダウンもあることから、速いペースを維持することは困難だった。

 吊り尾根は想像以上に長かった。下り主体のルートやろと勝手に思っていたのだが、細かなアップダウンが連続する嫌らしいルートだった。しかも、奥穂高岳以降登山者が急に増加した。狭いルートかつ危険地帯でもあるため、そうそう追い越すことはできない。苦難の道を辿り紀美子平へ。ここでザックダウンし、前穂高岳へとアタック。身軽になったこともありピークへの急斜をテンポ良く登る。丁度紀美子平で皆が休んでいたため、前穂往復は人が少なく歩きやすかった。

 前穂到着。思ったよりも山頂広い。展望は良好で、北ア南部の山々が間近に見て取れた。眼下にはこれから下る上高地。遠いな。足腰が鍛えられていない状態で、あそこまで下るのは至難やわ。と軽く絶望織り交ぜつつ山頂を後にする。紀美子平に戻りザックアップ。さーこっから重太郎新道の下り。アルプスの景観もここまでかね。しっかりと目に焼き付けた。

 重太郎新道の下りは地獄だった。これまで最狂の下りは飛騨沢だと感じていたが、それをも上回る苦難。つーか飛騨沢とは道の質が違う。飛騨沢は瓦礫・ゴーロを踏みしめつつ見通しの利くルートを延々と進まねばならない地獄。重太郎新道は、基本土と下草に覆われた道で、周囲を広葉樹林に包まれた見通しのあまり利かないルート。しかも急斜ながらも斜度が一定せず、リズムが掴みにくい。良く整備されており危険な箇所はほとんどないが、休憩できる岳沢ヒュッテまでの時間を考えると、ワンピッチで歩きとおす事はなかなか厳しい。

 途中、韓国人パーティーと言葉を交わしつつ何とか岳沢ヒュッテへ。ようやく辿り着いた。体力気力共に相当削がれた。コーラを購入し、売店を物色。手拭いの色合いが良い。緑を基調とした好みのデザイン。迷わず購入。その他にも見栄えの良い小屋グッズが各種取り揃えてあった。さて、ここで昼食を摂っても良かったのだが、上高地までワンピッチともなれば里心が付く。こっからは巻きで下って上高地でメシを喰うことにした。

 そうと決まれば気持ちは軽い。脚は重いが快調に下る。気分的にはあっという間に河童橋に到着。昨日よりも圧倒的に観光客が多い。人をかき分けて何とか対岸へ。上高地は人手多いかな…と不安に包まれつつバスターミナルへ到着。圧倒的観光客。食事処も人であふれている。なんて事だ。上高地で食事を摂ることを諦め、売店でチップスターを購入して昼食代わりとした。ポリポリ食すうち、アカンダナ駐車場行きのバスが到着。ようやく短い北アルプスリハビリ登山は幕を下ろしたのだった。
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西穂独標
2016-08-14 Sun 10:53
 妹女史の初北アはどこにしよう…まず前提は1泊2日のテント泊。行動時間は長くても3時間かな。から始まった登山計画。本格的な登山経験のない妹女史を北アルプスに連れて行くのだから無理は禁物。お手軽お気軽でなければならない。

 そうは言っても登れる山は限られるのだが。・新穂高ロープウェイを利用した西穂山荘 ・千畳敷ロープウェイを利用した木曽駒ヶ岳 ・八方尾根からの唐松岳 ・南八ヶ岳周辺 くらいか。土地勘もあって近場でお金もさほどかからない所で考えると、新穂高ロープウェイを利用した西穂山荘が一番楽ちん。天候さえ良ければ高山気分を満喫してもらえるだろう。

 登山日程はお盆時期と言うこともあり、前日夜に勝山発。深夜新穂高ロープウェイ駐車場に到着したのだが、既に駐車場は満車に近い状態。マジか。明日からが本番やのに。こんなんでは西穂山荘のテント場が空いているか否か微妙なところだ。

 今回はお気軽登山なので朝もゆっくり起床。それでも7時台のロープウェイに乗車。弟君は支柱を通過するたび揺れるので恐れ戦いていた。そんな事がありながらも無事ににしほたかぐち駅に到着。つつがなく登山開始となった。
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 隊列はいつもの如く単縦陣。兄者-弟君-妹女史-父の順。兄者の適切なペースメイクにより、パーティーは順調に標高を稼いでいく。妹女史が疲れたそぶりを見せた頃、西穂山荘に到着。ここまで来ればもう安心。最悪山小屋泊かそのまま下山しても無問題。山荘受付で幕営手続きを済ませ、適地を物色。時間が早い事もあり、入山者が多いにもかかわらず4人用テントを設営するのに十分なスペースを確保する事ができた。今回就役したオクトス アルパインテントは4人用を謳っているが実質3人用。子供が多いパーティーならば4人でもスペースは十分だった。
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 設営後、行動食をひとかじりして空身で丸山方面へ。果たして何処まで登れるかな。と思っていたが、何の事はなく西穂独標まで来てしまった。もっと手前で高度差にビビって引き返すと思ったのに。下りも快調なもので、あっという間に幕営地へ。ここからはダラダラと無為な時間を過ごす。西穂ラーメンを食べたり、ゲームをしたり、ババ抜きで10回連続で2人の間をジョーカーが往復したり。ちなみにこの晩はペルセウス座流星群極大の日だったが、生憎の曇天により目にする事はできなかった。
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 翌朝も惰眠を貪った後に朝食を摂り下山。特に怪我も事故もなく下山後の温泉を満喫し、勝山への帰路についた。
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sea to summit2014 DAY7
2014-08-15 Fri 18:58
 睡眠は十分とれた。起床は0300。この日も朝食は小屋の弁当。前日の失敗を糧とし、出発前に完食。ガスターとビオフェルミンもぬかりなく。空はまだ暗い。しかし、快晴の下、満天の星空。東には僅かに明るさを帯びた漆黒と紺碧のグラデーション。最終日にして最高の天候。昨日に続き、天佑我にあり。ヘッドライトの明かりを頼りに奥穂高岳の登りに取り付く。既に何名かの先行者が登っている。しかし、私はここで急ぐ必要はない。奥穂高登頂以降の馬の背通過時に太陽の明かりが必要なため、ここはゆっくり登って身体を温めつつ、奥穂高山頂で日の出を迎える算段。あせらず一歩一歩確実に進む。
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 しかし、先行者に追いついてしまった。ガイドと奥様達の先行パーティは休憩に入り、私に先に行くよう便宜を図ってくれた。礼を言って先に進む。程無くして奥穂高岳山頂。まだ周囲は暗い。山頂直下の岩の陰で風を避けながら明るくなるのを待つ。周囲の景色が秀逸であり、待っている間も飽きる事はない。何か別世界にいる錯覚さえ覚える。徐々に登頂者が増加し、次第に空が明るさを増す。岩場はまだ暗いため行動を開始できないが、他の登山者達は奥穂高岳山頂で日の出を迎えるようだ。と、先程のガイド&奥様パーティーが西穂に向うルートに進んでいった。マジかよ!まだ暗いのに奥様いっちゃうのかよ!ガイド攻めるな。私は明るくなるのを待った。少なくとも足元の岩がライトなしで判別できる程度に明るくならない事には行動できないと考えた。奥様方には先行してもらい、どこか安全なところで追いつく事にした。
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 0420、岩石の輪郭もはっきりしてきた。そろそろ頃合いだろう。意を決して西穂高岳へのルートに乗った。折り重なるように続く巨大岩石群。河原に横たわっている巨石よりも数倍・数十倍の大きさがある岩の上を歩いていく。勿論、その岩の左右は切れ落ちており、両側とも何百mも続くガケだ。その巨石が段々先細り形状となり、いよいよ馬の背に入った。馬の背と名付けられたこの箇所は、文字通り馬の背中を首側から尻尾側へと進んで尻尾から数m下にある岩に降りる様な形状をした難所である。左右が完全に切れおちており、最後の馬の尻尾から馬のかかとに下りる箇所の足場が見えず、見えない岩に見当をつけて脚を下ろす恐怖の場所。私にとっては7年前に通った記憶から、これまで通ってきたどの登山道よりも死の恐怖を直結させる難所中の難所だった。そんな箇所でも今回は落ち着いていたのか、尻にあたる場所に足場を見つけて確実に下りることが出来た。今回のルートで最も事故を心配していた場所。無事クリアできた事で自信を持って次の箇所へ進むことが出来た。
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 次の難所に向う間、奥様方に追いついた。彼女達は再度道を譲ってくれ、先行させてもらう事となった。ガイド・奥様共にメット・ハーネス・ロープとフル装備だ。そう言えば、岩場でのメット率が超高かったな。槍の頂上行くのにも皆メット被ってたし、大キレット通るときも皆被ってた。岩場歩きするにはメット装着が常識になったんやろうか?
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 奥様方に礼を言い、先に進む。次は岩場の直下り。傍らには長い鎖が設置してあり。ラペリングよろしく快調に下る。その後もガレ場の登り・巨岩上歩行などバリエーション豊かな難セクションを数々こなし、ジャンダルム基部へと辿り付いた。岩には「←西ホ」とだけ記載してあり、ジャンダルム頂上に至るルートが明示されていない。西穂が左なら、ジャンダルムは真直ぐ登るんやろうと判断し、ザックを降ろしジャンダルム頂上で必要な物品のみを装備してジャンダルムを直登する。最初は手がかり・足場共に見つけ易かったが、高度を上げるに従いホールドが少なくなってきた。やっぱ正規ルートじゃなかったか。それでも何とか登れそうだったので、ダイナミックなムーブを取り入れて何とか登頂。念願のジャンダルム頂上に到達した。
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 ジャンダルム頂上にはケルンが2つ・標識が2つ設置してあった。登頂記録を撮影し、いよいよ本題へ。高いほうのケルンに歩み寄り、ケルンのてっぺんに親不知から拾ってきた石を載せる。その上からお魚醤油差しで吸い取った日本海の海水を滴下。ジャンダルム頂上が日本海の海水で浸された。あぁ満足。これで今回の登山の目的は全て達成された。
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 万感の思いに浸りながらジャンダルムを後にする。ルートに関しては何の事はない、南側に正規のルートを見つけることが出来た。ガレ場を歩き、安全にザックをデポした地点に戻り、登山を続行する。あとは足元に注意して西穂高岳に辿り付くだけ。西穂高岳からロープウェイ駅まではさほど危険箇所はないだろう。あと数時間の辛抱。
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 これまで繰り返されてきたガレ場の上り下り、鎖を使った直登・直降下、巨岩上歩行をランダムに織り交ぜながら天狗・間の岳を通過。昨晩の爺さんが言っていた天狗のコルの雪渓は一応確認し、爺さんの名誉は立証された。誰もいないルートを存分に満喫し、西穂高岳が近付いた頃、この日最初の奥穂高岳へ向かう登山者とすれ違った。雰囲気の良い中年パーティであり、その中の一人から「暁の超特急!」との言葉を頂戴した。最大級の賛辞に恐れ入った。その後も断続的にすれ違う登山者が増加しだし、西穂高岳に到着するまでに何度か難所待ちをする事となった。これは日程的にも天候的にも致し方ないところ。早朝人が少ない時間帯に難所を抜けておいて良かった。
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0700、西穂高岳到達。ここまで来たら一刻も早く入浴・飛騨牛を堪能したいため、自然と脚が急ぐ。結果、ジャンダルムから休憩なしでロープウェイにしほたかぐち駅まで行ってしまった。西穂山荘も素通り。ただし、西穂山荘からロープウェイ駅までの樹林帯で、すれ違い待ちを嫌というほどさせられた。この日は本当に入山者が多かった様子。0850にロープウェイにしほたかぐち駅に到達し、遂に登山は完了した。これまで歩き続けた7日間の感慨に浸りつつ、売店に向って腹におさめる物を物色する。と、片隅にモンベル商品を扱うコーナーを見つけた。下界に下りるんやで登山靴からサンダルに履き替えたい欲求が強くなる。陳列棚でサンダルを探すが見当たらない。店員さんに尋ねるが、置いてないようですとの返答。失意に包まれ売店を後にし、搭乗口へと向った。
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 搭乗口に赴くと、まだ下り便は出ない様子。それならばと自動販売機でカルピスソーダを購入しようと財布を広げていると、係員が「臨時便発車しまーす!」と突然声を張り上げる。どう言う事や?さっき下りはまだ出んって言ってたやろ?と混乱しつつも速攻で荷物を片付け、ダッシュで下り便に飛び乗った。畜生。カルピスソーダ飲み損ねた。

 下り便は時間も早いためか人はまばら。各人思い思いに景色を楽しんでいる。車窓からは槍~穂高のスカイラインが見て取れる。歩いてきた従走路よさらば。また数年後によろしく。向かいにある笠ヶ岳・南にある焼岳・乗鞍岳も堪能しながらしらかばだいらへ。ようやく到達。完全なる下界。売店でサンダルを探すが見当たらず。外の芝生でモンベル社のスタッフがブースを広げていたので聞きに行ってもサンダルなし。失意に包まれビジターセンターの神宝の湯へ。受付の人にダメモトで聞いてみるが、無いとの事「この辺には売ってないと思いますよぉ」との追い討ちの言葉を頂戴しながら男湯へ向った。
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 神宝の湯は露天風呂のみ。洗い場を期待していたが致し方なし。お湯に浸かってストレッチしてサッパリして着替える。ザックの奥に仕舞ってあった下山時用の服に着替えて再度パッキングをし直す。これからはバス・鉄道の旅となるので、登山時のままと言う訳には行かない。
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 神宝の湯を後にし、飛騨牛串焼きの屋台へ。コレを楽しみに下山してきた。焼きあがるのに時間がかかるとの事で、念願のカルピスサイダーを購入してそのときを待つ。10分弱待った後、ついに飛騨牛串焼きが焼き上がった。やはり旨い!山で粗食に耐えてきた身としては最大級のご褒美だ。カルピスサイダーも最高だ。飛騨牛串焼きにはカルピスサイダーしか合う飲み物は存在しないだろう。
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 存分に舌鼓を打った後、新穂高へ降りるロープウェイに乗車。人生初の第1ロープウェイ乗車。何かめっちゃ小さい。上のロープウェイが2階建てで大きいから、そのギャップが半端ない。不思議な感覚に包まれつつ新穂高温泉へと降りていく。眼下を望むと、駐車場・道路にあふれんばかりの車。路上駐車の数が凄い事になっている。天気が回復した週末やから、みんな笠とか双六とか槍とか西穂に行ってるんやな。それにしても凄い車の数やった。
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 ロープウェイを下車し、新穂高バスターミナルへ向う。数年前に新築された新穂高温泉観光案内所がバスターミナル前にあり、そこで帰路のルートを決める事にした。コンシュルジュさんにバスパンフレットを貰い、ルートを計算する。事前に想定していた名古屋回りは、かなり時間がかかりそうだ。ふともう1冊のパンフレットを見てみると、金沢行きの接続が良さそうな雰囲気。しかし予約制だったため、電話する必要があった。早速電話をかけてみると、直近の便は満席との事。次の1630発の便は空席があったので、それを予約することにした。

 しかし困った。16時までまだ5時間もある。こんな辺鄙なところでそれだけの時間を浪費するのは厳しい。里心が付いた現在、一刻も早く帰宅したい。再度バスパンフレットを眺め、何か言い策はないか練る。。。見つけた。富山便だ。富山便は路線バスであり、予約は不要らしい。接続も悪くなく、1405には富山に到着できると。よし。コレだ。そうと決まったら金沢便の予約を取り消し、富山へ向う算段を確認する。1100新穂高から平湯に移動し、1140富山行きのバスに乗る。心に余裕が生まれ、バス出発までバスターミナル近辺を散策する。横の建物に北アルプス事故地図が置いてあり、遭難に関する情報が細かに記されていた。水上氏山田氏への土産として頂戴し、自宅職場への土産は平湯バスターミナルで購入する事とした。

1100、平湯行きのバスが到着。乗車したのは2名のみ。涼しい車内でゆっくり寛いで平湯バスターミナルへ。ここは信じられないくらい人でごった返していた。上高地行き・新穂高行き・松本行き・高山行き全てのバスが満席状態。それ以外にも観光バスや自家用車が引っ切り無しに出入りしている為、渋滞も大変な有様。平湯がこんなに混んでいるの初めて見た。本当はここのレストランで飛騨牛ステーキ丼を食べたかったのだが、客が多いのと時間がなかったので断念。お土産を購入した際にチップスターとじゃがりこを購入し、昼食とした。

 時間になっても富山行きのバスは来ない。少々焦りを感じていると、アテンダントさんが「富山行きのお客様いらっしゃいませんか~!」と大声で探している。どうやらバスが詰ってしまい、バスレーンに入れない状況だったらしい。声かけに応答し、無事富山行きのバスに乗車することができた。客は私一人。ちょっと拍子抜けしてしまったが、ここから2時間半のバスの旅を満喫する事にした。

 バスは国道471号線に入り、富山方面へ向う。天候は果てしなく良く、車内はクーラーが効いているとは言え汗ばむ。じゃがりこをかじり、チップスターを頬張りながら神岡村へ。ここで時間調整停車し、もう一人のお客さんが乗車してきた。3人を乗せたバスは富山市街へ。何故か眠たくない。これだけ疲労しているのに、バスの中で一睡もできなかった。神岡で乗車した男性が富山空港で下車する姿を見送り、一路富山駅へ。富山駅前で降ろしてくれるのかと思ったら、離れた交差点で降ろされた。灼熱の市街地を歩く苦痛。北アルプスが早速恋しい。改装中の富山駅に何とか入り込み、福井行きの切符を購入。丁度時間良く来る様子。売店でパンを2周類購入し、改札を抜ける。が、改装中だけあって目的のホームが遠い。思いのほか遠い。焦る。ここに来てサンダーバードを乗り過ごす事は絶対に避けたかった。最後はコンコースも階段もダッシュで走って何とか乗車。今回の旅で一番疲れたかもしんない。

 このサンダーバードは富山→高岡→金沢→加賀温泉→福井と進む列車。停車駅が多いが仕方ないだろう。周囲は乗客が少なく、余裕を持って座ることが出来た。リクライニングも倒し放題。しかし、やはり一向に眠気は訪れず、車内で眠る事はできなかった。神経が高ぶっていたのだろうか?車両は順調に高岡→金沢を過ぎ、北陸新幹線白山車両基地横を通り過ぎた。凄ぇ。保線関係車両が前部ウニモグや。全部で20台くらいある。こんなにウニモグいらんやろ。つーかウニモグじゃなくてもいいやろ。

 加賀温泉駅をすぎ、福井駅が近付いてきた。手前の北陸新幹線工事現場でもウニモグを発見し一人興奮。1530、福井駅着。見慣れた景色。ホームを出てえちぜん鉄道へ。ちゅーかクッソ暑い。勝山行きはちょっと時間が空いている様であり、待合室で時間を潰す。そこは中高生の巣窟となっており、中年親爺は落ち着かない。ちゅーか中高生恐ぇ。時間となり、勝山行きの列車に乗車。中途半端に席が埋まっており、ザック持参の私は車両隅っこで立ちっぱ。何故か乗車中、丸坊主姿の兄ちゃん2名とバシバシ目が合う。恐いよ丸坊主。

 九頭竜川沿いを走るようになり、郷里の景色となった。小舟渡を過ぎ、保田で停車した後、発坂へ(凄ェ、九頭竜川も小舟渡も発坂も一発で変換できた!)。切符を運転士に手渡し下車。蝉時雨に包まれ荒鹿橋を渡って自宅へ。田園地帯の向こうに白山を望んだ時、無事帰ってきたことを実感した。遠くに見える白山にもたま今度登りに行こう。そう思いながら今回の山旅は幕を閉じた。
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sea to summit2014 DAY6
2014-08-14 Thu 09:03
 いよいよ槍穂に挑む核心の日。いつも通り0300に起床し、朝食を頬張りつつ小屋を後にした。今回、小屋の弁当はおにぎりではなく幕の内弁当だったので、朝食はカロリーメイト。小屋弁当は槍ヶ岳山荘で食べる事とした。双六山荘を出ると、辺りは霧に包まれて視界は悪い。西鎌尾根方面のルートが分かり辛かったが、しばらく彷徨って何とかルートを確認。出発は0430にずれ込んでしまった。

 先ずは樅沢岳への登り。急登はなく、一定の斜度を淡々と登る。しかし、胃が痛くなかなかペースが上らない。飴をなめたりしながら騙し騙し進むが、症状は一向に改善されない。入山時に用意し、船窪小屋以降食事毎に服用していた胃腸薬も今日の朝食摂取時に使い切ってしまった。こうなったら双六小屋の富山大学診療所に戻るか、槍ヶ岳山荘の東京慈恵医大診療所に進むかの2択だ。苦しみながらも30分程度で樅沢岳に到達。想定タイムよりは遅いが、何とか槍ヶ岳山荘までは行けそうだ。意を決して前進する。しかし、硫黄乗越を過ぎた辺りから確実にペースが落ちた。体温も上らんし、心拍も上らない。風が冷たいエリアだが、岩陰に身を隠して小屋弁当を摂取する事にした。相変わらず食欲はなく、遅々として箸は進まないが、無理矢理弁当を押し込んで何とか完食。これで槍ヶ岳山荘まではもつだろう。
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 西鎌尾根の岩稜帯をすすむうち、時折石がネットで覆われた形でルートが整備されている地点に到達した。この様に手の込んだルート整備は、小屋が近いことを意味していると考え、俄然ペースが戻った。こうして0700、槍ヶ岳山荘到着。これで何とか生き永らえたと言うのが正直な感想。山荘入口でザックを降ろし、ネクターを購入。自宅に電話を入れ、職場の同僚にメールを送る。まだ時間が早い事もあり、天候も今ひとつなので槍ヶ岳に登頂する気にならない。ならばと山荘隣にある東京慈恵医大診療所に向う。時間は早いが診察してくれるというのでお邪魔する。中にいたのは油井先生だった。昨年のTVドキュメンタリーで取り上げられていた山岳診療医。毎年お疲れ様です。問診から入り、体温測定・SpO2測定・腹部触診とすすむ。BTは37.1℃!?マジで?行動中も体温が上らんで寒気を覚えていたのに微熱!?そう言えば昨日の双六山荘でクシャミが続いたな。軽く風邪引いてたんやろか。SpO2は84%。おぉっ!コレは低い。触診は特に著変なしとの事。油井先生曰く、長期登山による体力の消耗と、食生活の乱れ・栄養不足が原因ではないかと。胃腸薬(ガスター・ビオフェルミン)を処方するけど、これからのルート(大キレット・ジャンダルム等)を考えると無理は出来ないので、良く考えて行動する事。との説明を受け、無事胃腸薬を受け取ることができた。腹部症状さえ落ち着けば行動継続できるはず。

 診療所を後にし、ザックの置いてあるベンチに戻る。次第に雲が晴れてきた。部分的に青空が広がる。丁度登頂者も少ないようだ。タイミングよく天候が回復してきたので、7年振りとなる槍の穂先に取り付いた。ルートは明確に整備されており、登り・下りも分離されている事から、スイスイ進むことができる。ストレス感じる事無く頂上直下の梯子場までたどり着き、先行の方が初槍ヶ岳だとの事からユックリ登ってもらい、しばし間を置いて槍ヶ岳の頂に立った。周囲には10名強の登頂者。ブロッケン現象にはしゃいでいる人や、頂上の祠で記念撮影に励む人など思い思いに槍ヶ岳の頂上を満喫していた。取り急ぎ祠で登頂の写真を撮り、下山にかかる。しかし、下山の梯子場には5~6名のパーティがおり、下山に手こずっていた。岩場に慣れていない様子であり、無理を言っても仕方ない状況だったので、大人しく後について下っていった。ところが、鎖場周辺で後から来たトレイルランナー風おっさんがルートを外れて強引に先行しだした。頭使えよ。自分が危険にさらされるだけじゃなくって、不用意な落石で下にいる人殺すかもしれんやろ。おっさんの行動見た鎖場の人が焦って転落してまうかもしれんやろ。確かに遅いかもしれんけど、皆慌てんと待ってるんや。脳味噌足りん行動とるなや。
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 無事に槍の肩に戻り、前を歩いていたパーティの人達がハイタッチしている横をすり抜けるつもりがドサクサに紛れて一緒にハイタッチしまくった後、再びザックを背負って南に足を向けた。ここからは大喰岳~中岳~南岳に至る岩稜帯。さほどアップダウンは大きくないが、岩場・ゴーロ帯と足場は悪く、リズムが掴みにくいルート。南岳からは大キレット地帯となり、北アルプスでも根強い人気の難所。大キレットを越えると北穂高岳~涸沢岳を経て今回登山の最終アタックキャンプとなる穂高岳山荘。しかし、大キレット・涸沢岳は難所かつ大人気ルートであることから、大渋滞が懸念された。今朝の槍登頂往復を見ても、岩場での渋滞ッぷりは半端じゃない事を思い知らされた。併せて小屋で得た情報によれば、昨日天気が悪かった事で大キレット・穂高縦走を目指す人が数多く山小屋で停滞していたらしい。天候が回復した今日、その人々が大挙してルートに入っている事が懸念された。
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 そうと分かったらゆっくりしていられない。南岳小屋を目指して登行を急いだ。回復した天候も中岳を過ぎると再びガスに包まれ、視界は100m程度に。暖かい日差しがさえぎられ、寒気を覚えると同時に胃痛・下腹部痛が再びブリ返した。悶絶しつつも0930に南岳小屋に到着し、一息つく。何か米類を腹に入れたかったが、まだ軽食営業時間にはなっていなかったため、カップヌードルを注文して大キレットに備える。虎の子のガスター・ビオフェルミンをここで服用し、今日一番の勝負所を攻める準備は整った。
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 南岳小屋を出、大キレットに向けて高度を下げる。先行していた3人パーティがいたが、ルートを誤ったらしく出戻ってきた。その姿を横目に見つつ岩場を下る。不帰キレットの時と同じような風景。デジャヴか。しかし、有り難い事に不帰キレットと同じように先行者は少なかった。難所渋滞を心配していたのだが、天候が回復しなかった事から回避した登山者が多かったのだろうか。不帰キレットの時と同じようにリズム良く岩場をクリアしていく。
A沢のコルを眼下に望むようになった頃、本格的に天候が回復し、快晴状態となった。天は我に味方した。気温も上昇し、防寒具を脱いで衣類調整する。胃腸の調子も回復し、足腰も万全に動く。何の杞憂もなく大キレットを歩ける幸運に感謝し、北穂高小屋を目指した。
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 急峻な岩のアップダウンをこなし、北穂高小屋直下へ。いつも思うことだが、最後のこの登りが嫌らしい。大キレットを超えてきてハードな直登。息を切らしながらこの難所をクリアし、1200北穂高小屋に到達。これで今日の山場はクリアした。小屋でゆっくり休息しよう。小屋前のベンチにザックダウンし、売店でなっちゃんを購入。軽食コーナーでパスタを注文。南岳小屋では米類を所望していたが、体力の消耗により食欲は減退し米は無理。ラーメンなど味が濃いものも無理。あっさりしたパスタに決めた。ベンチに座りつつなっちゃんをチビリチビリやってパスタの仕上がりを待つ。程無くパスタが手元に届き、歓喜の昼食。北穂高小屋のベンチは展望が抜群だ。槍~穂は南北に一望できるし、常念~蝶の山筋も美しい。遠く表銀座も目に取れる。快晴の北アルプスを愛でながら食べるパスタ。最高に旨かった。しかし、胃腸の不調は隠せず、30分かけても半分しか食べる事ができず、泣く泣く返却する事とした。山で食べ残すなんて最悪やのに。今回の登山で一番悔いが残る場面だった。

 食欲は落ちていたが、胃痛はガスターによって抑えられていた。体調が崩れる前に穂高岳山荘に到着せねば。1230に北穂高小屋を出発し、涸沢岳を目指す。北穂のテント場に至る道の前では、山荘スタッフが雪渓にチェーンソーを入れてステップ造りに励んでいた。暑い中お疲れ様です。ここから先のルートもさほど混雑しておらず、自分のペースで最低コル~涸沢岳へと進むことが出来た。そして穂高岳山荘へ。既に頭の中でTOP GUN ANTHEMが流れるほど達成感を感じた。勿論、最終日である明日の奥穂~西穂が今回の山行のハイライトとも言える最大難度の危険地帯であることは間違いないのだが、6日間かけてここまで来れた事。最高の天気に恵まれながら大キレットなどの難所をクリアできた事。あと半日で9年前叶えることが出来なかった念願を果たすことが出来る事など、既に感無量に浸る要件は揃っていた。
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 穂高岳山荘は多くの登山者で賑わっていた。受付待ちがあったため、コークを購入して順番を待つ。他の人たちはラーメンやカレーを注文したり、ビールを何杯も空けて盛り上がったりしている。いい雰囲気だ。皆が山を楽しんでいる。自然と顔がほころんだ。受付を済ませ、部屋に向う。立山と言う2階にある西向きの部屋。定員は20名程だろうか。既に7名のパーティがおり、私が入室した直後に隣に2名のパーティが入室してきた。部屋に到着してからは即座に荷物をまとめ、就寝準備と明日に向けた準備を終えた。布団に寝転がっていると、後から入ってきた2名のパーティが話しかけてきた。聞けば定年を迎えた親爺さんと40代の後輩さんらしかった。彼らは前日の涸沢までの行程を面白おかしく聞かせてくれ、こちらの登山行程にも興味を示した。一しきり話した後、2人はビールを飲みに階下へ赴いた。私は大相撲をラジオで聞きながらしばし横になる。

 ふと、下山後の行程が気になった。双六山荘では受付にバスのダイヤが書いてあり、色々と参考になった。穂高岳山荘も大きな山荘だから各種パンフレットなど取り揃えてあるだろうと思い、受付周辺へ向う。しかし、談話室に登山書籍は豊富にあったが、パンフレットなどはさほど陳列してなかった。チト困ったな…と思っていたとき、ソファの向こうから「おい、親不知!」と大声で呼ばれた。先程部屋で話していた定年親爺さんだ。隣に座って話を続ける。既に親爺さんはホロ酔いだ。しかし、元々人が好いのか、語り口様が優しい。仕事の話になっても「営業は愛だよ愛!」と熱く語り、コチラの仕事の話にも熱心に聞き入ってくれた。話を進めるうち、お2人は医療関係の営業さんらしいことが分かった。職場でMRさん(製薬会社の営業さん)の大変さを目の当たりにしている自分としては、医療系の営業さんの大変さは身に沁みて分かる。お2人は北陸エリアへも脚を運ばれていたようで、各地の病院・大学でのエピソードを聞かせてくれた。

 夕飯の時間になった。もう既に肉料理は諦めていたが、やはり魚料理だった。。。テーブルの片隅に座ると、はす向のお爺さんが話しかけてくる。定番の入山はどこ・行程はどこ話。親不知から入って6日目と伝えると目をひん剥いて質問を連発してきた。素直に答えると、「双六から穂高小屋?ありえん!そんなん登山じゃない!」と何故か怒られた様な気がしないでもないが、明日以降の奥穂~西穂ルートについて詳細にアドバイスをくれた。ただ、このお爺さんも酔っ払っていた可能性が高く、「天狗のコルで進退を決めるべき」を連呼していた。爺さん曰く、とにかく逃げるのなら天狗のコル以外にエスケープルートはなく、もしビバークするにしても雪渓が残っているはずだから天狗のコルで一晩を明かせ、無理はするなと同じ話を何度も聞かせてくれた。食欲が落ちたため食事時間が長くなってしまった私にとっては爺さんから逃げる術はなく、為されるがまま爺さんの話に相槌を打ち、何故か同じパーティのメンバーが部屋に戻った後も私に付き合うように一人残ってくれた爺さんと美味しい夕食を食べ続けるのだった。
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 夕食を食べ終え爺さんから解放された後、部屋に戻って営業パーティさんたちと夕日を楽しむ。部屋の中から写真を撮ったりして明日の好天を祈る。すると、営業パーティさんたちと共に反対側にいた中高年パーティの人たちも明日の好天を約束してくれ、私を激励してくれた。やはり多くの登山者にとって奥穂高岳~西穂高岳のルートは大いなる憧れなのだろう。一般ルートとしては国内屈指の難易度を誇り、入山者も少ない。エスケープルートも限られる。小屋などの緊急避難設備が皆無である点など、人を寄せ付けない要素に事欠かない。私自身、7年前にFみと共に槍~穂縦走2泊3日でトライした時、初めて足を踏み入れた。あの時は南岳小屋を出発して夕方西穂高小屋にテント泊した。馬の背の切れ落ち感が半端なかった事と、足場が脆く、常時落石に注意を払う必要があったことを強烈に覚えている。ジャンダルムに登るルートを見落とし、スルーしてしまったのも心残りだった。いよいよ明日、それらの思いをすべてぶつけるべく難ルートに挑む。
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sea to summit2014 DAY5
2014-08-13 Wed 08:34
 起床は予定通り0330。無常にも雨の音。玄関先で遭対協の隊員さんが佇んでいたので、しばし話を。予報では回復しそうだが、今ひとつ雨脚が弱まる気配を感じない。野口五郎岳方面は吹きっさらし地帯が延々と続くので、明るくなってからのほうが無難。結局、昨夜懸念された不安が的中してしまう結果となった。部屋に戻り、用意してもらっていたおにぎりを食べて時間が経つのを待つ。他の登山者達もボチボチ起床し、準備に取り掛かっている。気の早い人たちは、0500前には出発している。高瀬ダムに向って下山するだけの人だろう。下界が恋しい。

 小屋の人たちの朝食が終わり、いよいよ皆が出発に取り掛かる時間となった。同室だった滋賀・松本の親爺さんたちも合羽を着込んで玄関に向う。一時は停滞も頭をよぎったが、昨晩親爺さんたちに励まされた事を思い出し、雨中行動する事を決断した。自分も速攻で合羽を身に付け、ザック類も雨中行動対策を施し、玄関へ向う。遭対協の隊員さんも笑顔で送り出してくれる。小屋の親爺さんからも一声貰った。よし。行こう。松本の親爺さんと別れを惜しみ、ただ一人野口五郎岳方面へと足を踏み入れた。
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 烏帽子小屋を出て暫くは樹林帯。雨風を感じるが、さほど苦に感じることはなかった。しかし、その後、稜線に出ると様相は一変。天狗山荘出発時に匹敵する暴風雨。今回は暴風だけでなく大粒の雨も伴っているため、苦痛は倍以上。その上、ザックカバーを装着している事から、ザックカバーが飛ばされる心配も大きかった。何故なら、ザックカバーを固定するためのバンド(ザックの背面を通して固定する物)が届かず、サイドポケット近辺の紐に緊急避難的に巻きつけただけだったのだ。これでは、強風が吹き込んできたら一たまりも無く吹き飛ばされてしまうだろう。よって、行動中は常に風上側に余裕を持たせた配置になるよう気を配らなければならなかった。

 幾つかピークを越えた。正直、ガスと強風と大雨により、現在地の把握は困難だった。いつ三ツ岳を過ぎたのか分からないし、野口五郎小屋に近付いているのかどうかも分からなかった。消化器系・膝を含めて体調は悪い。天候も悪いため、自分がどの程度のペースで歩けているのかサッパリ見当が付かなかった。しかし、何の前触れも無く道端に「400m」と書いた石が置いてあることに気付いた。何が400m?三ツ岳山頂?野口五郎小屋?野口五郎岳?三ツ岳山頂やったら軽く死ねる。想定45分のところを1時間半近くかけて到達するなぞ考えたくもない。野口五郎小屋やったら嬉しいけど、ちょっとペース速すぎやろ。野口五郎岳は更にないな。と考えつつ、300m、200m、100mと近付き、目の前に小屋が現れた。歓喜の咆哮を上げながら入口に回りこみ、小屋にお邪魔させてもらった。
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 野口五郎小屋に入ると、番台にスタッフと食堂に数名のお客さんが佇んでいた。冷ややかな視線を感じたので、土間の片隅で一寸だけ休憩させてくださいとお願いし、カロリーメイトを食べる。何か誰も話しせんし、非常に雰囲気が重たかった。招かざる客を痛感したので、5分とたたずにザックを背負い、小屋を後にした。

 心で泣きながら野口五郎岳へ登る。途中、ルートが分からなくなり周囲を徘徊したが、5分程度でルートに復帰し、事なきを得た。そして知らぬ間に下り斜面へ。知らん間に野口五郎岳を通過していたらしい。この悪天候に引き返す気力もなく下りに進む。ここで雨中行動嫌いの性格が為せる業か、速歩から走りに変わった。基本、山の中では走れないのだが、あまりの悪天候と雨中行動のストレスからNT-Dが発動し、野口五郎岳の下りを目一杯走った。今回の山行で走ったのはこの箇所だけ。よっぽど早く行動を終えたい衝動に駆られていた証左だろう。

 雨風とも治まる気配の無い中、水晶小屋に到着した。古びた外観の小屋だったが、中に入ると小奇麗に整備されており、土間の雰囲気も明るかった。番台にいたスタッフにカップヌードルを注文し、一息つくことにした。傍にいた兄ちゃんに声をかけられ、喰いながら話す。前日は雲の平で泊まったらしく、景色は最高だったとの事。羨ましい。私もいつかは雲の平に行ってみたいものだ。北アルプス奥部に位置していることもあり、なかなか足を踏み入れる機会がない。2泊3日くらいでじっくり歩きたいエリアだ。
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 さわやか兄ちゃんと互いの健闘を祈りあい、店員さんと手拭い・Tシャツデザインの良さを語りつつ水晶小屋を後にした。非常に雰囲気の良い小屋。また今度宿泊しに来たい。水晶小屋を後にすると、いよいよ鷲羽岳へ。この日一番の登りだ。集中を切らさず只脚を進める。幸いカップヌードル摂取後の吐気はなく、無事エネルギー変換が成されているよう。体が調子を保っている間に登れるだけ登らねば。
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 何の感慨もなく鷲羽岳登頂。本来であれば、裏銀座・雲の平とその周辺の山々・薬師岳・槍穂連峰・表銀座の山々が一望できる秀峰なのだが、当然の如く視界は50m程度。お陰で未練なく下山の途につけたが。リズムよく下り、11時には三俣山荘に到着することが出来た。天候・体調が悪すぎた場合、最悪ここで行動終了も覚悟していたが、午前中に到達できた事を喜んだ。スカイレストランに上がり、食事をする事に。しかし、カップヌードルを食べてから間がなかった為、さほど腹は減っていない。仕方なくホットカルピスを注文する事にした。が、これが曲者。なぜか注文してから提供されるのに20分も要してしまい、貴重な時間を浪費した。こんなんやったら注文せんとスルーしてたのに。客もさほど多くなかったのに、全く以って想定外のタイムロスだった。
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 速攻でホットカルピスを飲み干し、ザックを背負って双六方面へ。こんな悪天候なのに思いのほか登山者は多い。所々で渋滞に巻き込まれる事態となった。これも大いなる想定外。こんな所で渋滞が発生するとは。仕方なく最後尾を大人しく付き歩き、双六山荘へと向った。
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 三俣山荘以降のタイムロスにより、本日中の槍ヶ岳山荘到達は困難となった。無理をすれば行けるのかもしれないが、西鎌尾根を3時間半登る事を考えると正直厳しい。天候・体調共に優れない今、このチャレンジは無謀と言える。大人しく双六小屋に宿泊し、今日も鋭気を養う必要がある。そう決まると気は楽なもので、歩くスピードも自然とゆっくりになった。

 こうして13時、双六小屋到着。今まで泊まってきた山小屋とはスケールが違い、各施設も充実した山荘だった。宿泊手続き前に合羽を干し、次いで手続きを済ませる。部屋に案内され、着替えを用意し乾燥室へ。着替えスペースも用意してあり、快適な環境で暖かい衣類に着替えることが出来た。その後、牛丼を注文して昼食に。胃痛・下腹部痛は残る物の、何か腹に詰めておかねば。時間をかけて完食し、部屋へ戻る。5人部屋だが私しか案内されていない。2段寝床の下に布団を敷き、横になる。登山をしに来ているのに午睡できるこの贅沢。堪りませんな。こんな至福のひとときがあっただろうか。いや、ない。
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 夕方になり、食事前、乾燥室に行ってみる。濡れ果てた衣類はあらかた乾いていた。恐るべき大型乾燥機。靴下や手袋は湿気を帯びていたので翌朝取り込むこととし、乾いた衣類を再度身に付け夕食へ。この日のメニューも魚メイン。健康的ですな。相変わらず食欲はないが無理に詰め込む。吐気をもよおすが気にしない。時折、前に座る白人男性が話しかけてくる。お互いの登山行程を話すと、コチラの行程に興味を持ったようだった。同行しているであろう女性2人も加わり、山談義に花が咲いた。この日は暖かいお茶はお変わりした物の、ついに御飯・味噌汁をお代わりすることはできなかった。

 夕食を終え、歯磨き雪隠へ。一通り所用を終えた後、受付周辺の各種パンフレットなどに目を通す。幸運にも高速バスのパンフレットがあり、下山後の交通手段を調べる事にした。恐らく明日は穂高岳山荘まで。下山するのは明後日の土曜日になりそう。0400に穂高岳山荘を出発するとして、ロープウェイにしほたかぐちに到着するのは10時半前後。そっから新穂高に降りて風呂入って昼飯喰って…バス乗るのは12時頃やな。新穂高からバスん乗って高山行って。そっからバスで名古屋行くか。時間かかるけど名古屋からしらさぎ乗って帰ったらいいやろ。大まかな時間を確認し、自宅までのルートを確定した。
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 結局、私が宿泊する部屋にはもう1人入室があったのみで、5人部屋を2人で使用することとなった。彼は若いトレイルランナーと言った風体で、新穂高から双六まで上ってきたと。天候が悪いのに頑張る人だ。明日は近場を回ると言っていたが、天候が悪いので躊躇しているらしい。そりゃそうだろう。山は天気が良くてなんぼ。風景が楽しめない登山なんて苦行以外の何物でもない。互いに明日以降の安全を祈りつつ、この日は就寝した。
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