白山開山1300年記念 個人企画第2弾 白山山系8summits -白山釈迦岳・四塚山・七倉山・大汝峰・御前峰・御舎利山・別山・三ノ峰-
2017-08-13 Sun 23:01
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 白山開山1300年記念個人企画第2弾。白山山系を取り囲む8つの峰々を踏破してみる。
当初は、剣ヶ峰も入れた9峰を予定していたが、剣ヶ峰は御神体にあたるので、立ち入りは禁止されているとの記録を見たため、登頂は回避することに。

 まだヘッドランプが必要な0400に市ノ瀬を出発。釈迦新道へ向かう。釈迦新道は作業林道上部の岩場崩落危険のため今シーズン初めより通行止めとなっていたが、8/11より通行が可能となった。

 登山道に入ると、踏跡が少ないためか下草が茂っており、朝露が足元に容赦なくかかる。作業林道に入り、川を渡って釈迦新道登山口に。入口部が崩れており、下草もあるためちょっとわかりにくい。

 釈迦新道を進み釈迦岳分岐へ。釈迦岳に足を踏み入れるのは初めてだったため、1回スルーしてピークの位置を確認し、再度分岐に戻って釈迦岳へ向かうルートに乗った。ここでも下草と朝露に苦しめられ、足元が滑る滑る。何とか登頂を果たし、分岐から釈迦新道に戻る。ここで池のほとりの足元が分りにくい箇所で足を踏み外し、登山道下へ滑り落ちてしまった。道が見にくく、左側にスペースがない箇所であり、大事に至らず胸をなでおろした。

 釈迦岳を過ぎ、七倉の辻が近付いたころ、登山道崩落により上部に道が付け替えられていた。しかし、この付け替え登山路、片斜面に作られており笹を刈っただけ。道がフラットになっているわけでもなく、笹の株で滑る滑る。

 七倉の辻に到着し、至近にある四塚山と七倉山に。こっから大汝峰へ登り返し。ここで今日初めて登山者にお会いできた。大汝峰-御前峰と続けて歩み、室堂へと向かう。この日は登山客が比較的少なく、山頂も大渋滞とまでは至っていなかった。この後、昼食を室堂で摂っても良かったのだが、時間がまだ早いこともあり南竜へ進む事とした。

 トンビ岩を経由して南竜へ。ここでカップ麺の昼食を。今回、水は2リットル用意してきたが、まだ半分程度の消費だったのでこのまま行くことに。こっからは油坂の登り。覚悟はしていたものの、からり脚の消耗を強いられた。御舎利山への稜線に乗ってもなかなかペースは上がらない。ロングコースを歩き切る体力はまだ備わっていなかったか。

 こっからは惰性で歩く。御舎利山-別山までは良しとして、三ノ峰往復はもうお腹いっぱい。別山と三ノ峰ってこんなに離れてたっけ。。。ほうほうの体で三ノ峰に到達し、最後の折り返し。別山へ戻る。周囲は完全にガスっており、涼しい風も吹き渡り体力の消耗を抑えてくれたのは幸いだった。

 別山-御舎利山に戻り、最後の下りは千振尾根。流石にこの時間になると登山路を歩く人は少なく、市ノ瀬までに遭遇した登山者は4名だけだった。終盤で雨模様に見舞われたが、樹林帯だったこともあり身体を濡らす事無く舗装路に下り立つことができた。市ノ瀬は雨が降っておらず、過ごし良い気候のなか駐車場に戻り今回の山行を終えることができた。

 市ノ瀬の駐車場は帰宅した人も多く、かなり空いている状態だったが、市ノ瀬から白峰へ向かう道中は両サイドとも路上駐車の嵐。工事個所を過ぎた三ツ谷の橋を渡ってもまだ路上駐車は続いており、延々2kmにわたって連なっていた姿には驚きを禁じ得なかった。
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白山開山1300年記念個人企画第1弾 MTBで白山一周
2017-07-30 Sun 23:55
白山開山1300年を記念した個人企画の第1弾。
白山を中心に4つの県を巡る山岳路を走る、自分にとっては未知の領域。
当初予想していたよりも遥かに壮絶なライドとなった。

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2:55 新保スタート。これから漆黒の谷峠へ向かう。

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4:08 谷峠。MTBの割には悪くないタイム。

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5:35 白山比咩神社。暑くなる前に先を急がんきゃ。

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7:17 金沢大近くのコンビニでパンとおにぎりを補給して富山県突入。

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9:44 岐阜県突入。思いのほか早い時間に到達。こりゃ簡単に達成できるんじゃねと幻想を抱く。

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13:54 長滝白山神社着。途中コンビニがなく補給が摂れず、体力も胃腸も消耗しride継続に暗雲が。

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17:33 平泉寺白山神社着。下り基調とは言えMTBじゃ前進まん。

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17:56 何とか明るいうちに完走。
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赤兎山デュアスロン
2017-07-27 Thu 23:47
赤兎山デュアスロン。
思いのほか気候は涼しく、快適な山行となった。

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東尋坊ウルトラマラニック2017
2017-05-27 Sat 23:34
昨年初出場で無事轟沈した大会。
今年はイーブンペースに徹して無事完走。

とは言え、ラスト20kmはほぼ全歩き。
超ロングランの厳しさを身に染みて感じた。

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ふくいSatoyamaトレイル -福井平野周遊・戦国ロマンコース-
2017-05-05 Fri 23:09
 昨年策定された、ふくいSatoyamaトレイル -福井平野周遊 戦国ロマンコース-を1日で周回できるかなと思って回ってみた。
 足羽山→弁財天山までは何とか走れたが、その後のコースは歩き&RUNを織り交ぜての苦行。
 つーか、食欲がなくパン2個とおにぎり1個カロリーメイト2ブロックのみで踏破できたのにびっくり。
 総距離も30km~50kmくらいかな~と思っていたのが、まさかの70km。いやー、厳しかった。去年の比良山系往復トレランよりキツかったかも。

里山データ1
里山データ2
里山データ3

里山1
6:33愛宕坂スタート。もう少し早い時間にスタートしたかったな。

里山2
足羽山山頂。動物園前にあった。初めて登頂。

里山3
八幡山を下りて城山方面。

里山4
城山山頂。ネット情報通り登山道が一か所分かりにくかった。

里山5
足羽高校を過ぎて文殊山方面。

里山6
文殊山山頂。白山開山1300年記念 泰澄スタンプラリーが人気らしい。

里山7
文殊山を下って三床山。

里山8
三床山山頂。蜘蛛の巣大杉。

里山9
弁財天山。初めて存在を知った山。

里山10
地域住民に愛される裏山って感じ。

里山11
一番奥にある文殊山に戻る。

里山12
槇山山頂で夕焼け模様。

里山13
19時過ぎに愛宕坂ゴール。
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Mino Trail Enduro Challenge 2017
2017-05-03 Wed 23:10
昨年から東尋坊ウルトラマラニックに向けてトレーニング目的で参加している大会。
昨年は序盤から入れ込み過ぎて途中で完全撃沈。
今年はイーブンペースを厳命してレースに臨んだ。

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弟君粘りの走り。

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レースプラン通りに走りとおすことができ満足。最終周は弟君と一緒に。

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二人ともノンストップで完走。

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弟君キッズ部門で2位表彰。横山さんから表彰を受ける光栄。

→ Mino Trail Enduro Challenge 2017
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2017年 目標
2017-03-11 Sat 12:07
2017目標


市民スキー:同年代に元国体選手が1名加わる為、XCは4位を目指す。

ふくいSatoyamaトレイル 福井編:総距離30km以上の里山トレイル&ロードをワンデイで。標高差も少ないし、補給地点も多いで昨年の比良山系往復よりも難易度は低いか。

自宅発着琵琶湖一周:以前、自宅発着琵琶湖(北湖)一周なら達成済み。今度はフルビワイチをワンデイで。

Mino Trail Enduro Challenge:昨年の自沈を繰り返さぬよう。飽くまで103kmの予行で。

東尋坊マラニック103km:制限時間内完走を目指す。

白山三神宮巡礼:白山開山1300年を記念した個人企画第1弾。29erMTBで越前平泉寺、加賀白山比咩神社、美濃白山中居神社を巡る250kmの旅。

白山山系9SUMMITS踏破:白山開山1300年を記念した個人企画第2弾。市ノ瀬をスタートし、白山釈迦岳・四塚山・七倉岳・大汝峰・剣ヶ峰・御前峰・御舎利山・別山・三ノ峰の9峰を巡り市ノ瀬へゴール。ワンデイできるか。

白山禅定道トレイルマラソン:脚を大事に。ロード区間は溜めてトレイル爆発で1:45目指す。

白山三禅定道踏破:白山開山1300年を記念した個人企画第3弾。平泉寺を出発しロードバイクで白山比咩神社を経て一里野温泉スキー場から加賀禅定道へ。ロードバイクはザックに装着して行動。山頂を経て平瀬道を下山。そこからロードバイクで白山中居神社へ。美濃禅定道をロードバイク担いで登り、山頂を経て越前禅定道を下山。市ノ瀬から小原峠に登り返し、そのままロードバイクで林道を下ってスキージャム勝山へ。ゲレンデを登って伏拝・法恩寺山を経て平泉寺に下山。完全踏破ではないが、ロードバイクを使って各禅定道のほとんどを踏破するにはこのルートかなと。一応テントを装備し、南竜ヶ馬場で幕営しつつ1泊2日で完遂予定。

市民駅伝: 先ずは選手に選ばれる事。選ばれた場合、区間3位のタイムを目指す。

朝倉トレイルラン:昨年走ってないのでどんなコースかは不明だが、イーブンペースでの完走を目指す。
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2016年 反省会
2016-12-31 Sat 11:57
2016結果


ロードバイク琵琶湖1周:序盤は窪田さんに引いてもらい、中盤以降は池田さんにひいてもらったが、湖北まできて一人千切れる

市民スキー:まぁ目標通り。雪不足でトレーニングして無い中、結果は出せた。

足羽川マラソン:雪がない分、走りこみはそれなりにできていた。5月の103kmに向けての前準備。中盤意向のペースメイクに失敗したが、目標は達成。

比良山系往復トレイルラン:計画上は完走可能ではあったが、実際にワンデイできるか不安が大きかった企画。終盤脚が死んだが達成!

Mino Trail Enduro Challenge:103kmの最終調整。4時間イーブンペースで走るつもりだったが、あっさり序盤で脚を使いきってしまい閉店。

東尋坊マラニック103km:中盤までは計画通り(しかしその計画は甘い)。途中で思わぬ故障に見舞われあっけなくタイムオーバー。

恐竜クロカンマラソン:脚痛のためDNS。

勝山市街~白山登山:長山で迷い大舟山で迷い赤兎山で膝を完全にヤってしまい下山。

白山禅定道トレイルマラソン:序盤のロードで膝痛。三頭山まで走り中の平小屋でリタイヤ。

市民駅伝:膝痛のためDNS(まだ補欠選手)。

上高地-北穂高岳-奥穂高岳-前穂高岳-上高地:まぁ踏破

7月の登山で右の大腿二等筋腱付着部を痛めて以降、走る度に悉く膝痛に苛まされ目標を達成できず。未だに引きずっており、来年に向けて何らかの対策が必要な状況。
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上高地-北穂高-奥穂高-前穂高-上高地
2016-10-08 Sat 11:06



 7月の勝山市街~白山の山行中に右膝を痛め、休足期間を設けたにもかかわらず8月の白山禅定道トレイルマラソンで再発し、9月の市民駅伝は出走することができなかった。このまま登山シーズンを終える事に焦燥感を覚え、何としてでも高山帯に1泊2日で行く事とした。

 とは言え、脚が故障中につき無理できない上、7月以降はトレーニングしていないことから大幅なパフォーマンス低下が予想される。これまでの様なコースタイムをガシガシ削っていく山行は望むべくもない。無難に回れる山は…折角の機会なんやから、今まで言った事のない所に行ってみようか。で思いついたのが上高地発着の北穂-奥穂-前穂縦走。これまで上高地に行った回数は3回。高校~専門学校時代に行ったっきりで相当ご無沙汰だ。そして今回人生初めて足を踏み入れる涸沢。あの有名なカールから望む穂高連峰を自分の目にも焼き付けておきたい。更に、前穂も初めて登頂する。奥穂以降の登山道は果たしてどれほどのものか。国内ではメジャールートとして知られたこのコースだが、自分としては未知なる世界だけに期待に胸が大きく踊った。

 前日夜、勝山を後にして一路平湯へ。槍穂方面といえば新穂高ばかりベースにしていたが、初めてのアカンダナ駐車場。ここからバスで上高地に向う。10月に入った事と台風が通り過ぎた直後であるため駐車してある車は少なめ。心配していたバスに乗れない心配及び上高地渋滞は避けられそうだ。この日の夜はさほど気温が下がる事はなく、快適に眠ることができた。

 明けて翌朝。日の出が近付いても車が増える気配は無い。朝食・登山準備を済ませバスターミナルへ。待っている客は20人ちょいと言ったところか。定刻どおりバスは到着し、つつがなく上高地へ。釜トンネルを抜けてから広がる景色は自分にとって新鮮なもの。20年前の記憶はほとんど残っておらず、梓川の美しい流れに見とれるうちにバスは到着した。

 バスを降りて最後の身支度を整える。さて、登山口はどこか?バスターミナル周辺はもっと栄えていて建物が立ち並んでいるイメージがあったが、幾つかの大きな建物があるだけであった。周辺図を見て方角を確かめ河童橋方面へと向う。空は台風一過の青空であり、気温も最適。走りはしないが速歩で進んで今の自分の実力を探っていく。
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 河童橋を過ぎて観光客はごそっと減少し、周囲は登山者だけの世界となる。今のところ身体に不調は感じず順調なペースだが、如何せん単調な林道歩きには飽きてしまう。普段見ることのない山の稜線を眺めて山座同定をしたりするが、ずっとそれだけで時間を潰せるわけでもない。前を歩く登山者を追いながら黙々と脚を進める。こうして横尾まで進み、小休止することにした。小屋の周辺では多くの登山者が休んでおり、登山シーズン最終盤とは思えない賑やかさだった。
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 さて!横尾大橋を渡っていよいよ未知なるトレイルへ!これまでの林道歩きとは違い、手入れの行き届いた登山道を進む。やっぱ土&岩の道のほうが自分は好きやわ。しかし、樹林帯に入ると前日の台風の影響でなぎ倒された樹木が幾本も行く手を塞いでいた。これは昨日まで山にいた人は大変やったやろうな。テントなんか張った暁には確実に飛ばされたやろ。

 散発的に倒木エリアが出現したが、何箇所かではチェーンソーを持った方々による復旧作業が進められていた。整備ありがとうございます。本谷橋を過ぎた頃から徐々に植生が変化しだし、彼方の景色が展望できるようになってきた。おぉ!涸沢カール!紅葉もピークを過ぎてしまったため、雑誌などでお目にかかる絶景とまではいかなかったが、それでも青空をバックにした涸沢カールは美しい。北穂・涸沢岳・奥穂・前穂を一望できる特等席と言えよう。
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 涸沢小屋を前にして脚の疲労はなかなかのもの。ここから幕営地である北穂小屋までは、更に傾斜を増したワンピッチとなっている。涸沢小屋で十分な休息をとらねば。ここではカレーを食し、エネルギー補給は完了。いよいよ本日の大一番、北穂南稜へと脚を踏み入れた。久方振りの激斜急登。既に脚は疲労を隠せず、ストックワークで誤魔化しながら何とか進む。何も考えずに黙々と進むと、眼下に広がる涸沢テント群。今日の幕営数は少ないものの、それでも色とりどりのテントを眺めるだけで心が和む。あぁ、いま山ん中にいるんやなぁ。と登山中である幸せを噛み締める。辛くはあるが、周りを見わたせば自分の大好きな景色が広がっている。これぞ至福のひと時。
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 ほうほうの体で北穂小屋に到着。これまでに何回か通過したことはあったが、幕営するのは初めて。つーか、ここで幕営することも今回の登山の大きな目的の一つ。幕営地は比較的広いが、槍の肩のような岩場の狭平地にテントを張るかたち。小屋からも離れているので、できるだけ上部の小屋に近い地点に幕営する。幕営完了したらいつもの如くする事がないので、小屋に行って時間を潰す。軽食タイムはすんでしまったため、コーラを購入して北アの山並みを愛でる。
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 その後テントに戻り午睡をした後、日没風景を撮影しに北穂山頂へ。丁度飛騨側に雲海が広がり、白山方面に沈む太陽が美しく輝いていた。山小屋に宿泊しているお客さんも何人か眺めに来ている。小屋締めが近いこの時期、快晴の風景を楽しめる機会はそれほど残されていないだろう。小屋スタッフの方もこの光景を撮影していた。茜日が雲海の彼方に沈み、気温が下がってきた。テント泊の人間は体温を奪われるわけにはいかないので、そそくさとテントに戻る。この日の幕営者は都合3パーティーといったところだった。
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 夜の帳が下り、長い山の夜が始まった。何もすることがないので睡眠に徹する。しかし、装備を削って軽量快速登山装備の自分にとって、この時期の3000mテント泊は防寒の観点で貧弱といえた。身に付けている服装は、登山用アンダーウエア上下(薄手)・コンプレッションウエア上下・ダウンジャケット・レインウエアのみ。シュラフも軽量化を第一に考え、掌サイズの夏用インナーシュラフ。地面からの冷気が体温を奪っていく様を身をもって感じ取ることができた。この日は一晩中晴れ渡っていたものの、放射零曲には至らなかったため、そこまで寒さに苦しめられる事はなかったが、夜中に何度も目が覚めたのには参った。ダウンパンツとかマットとか工夫せんとあかんな。

 そのような有様で4時には起床し、星空撮影に向った。丁度月は沈み、冬の星座が奇麗に瞬いている。様々な角度から条件を変え撮影し、槍ヶ岳や笠ヶ岳、奥穂前穂のシルエットを挟み込みつつ様々な星野を撮影した。そのうち東空が明るさを増し、日の出の時刻となった。今日は信州側も見事な雲海。絶景かな。神々しい風景に見とれるうちに完全に夜が空け切り、登山者が行動を開始する時刻となった。私も早い時刻に出発して行動する予定だったが、撮影に夢中になっていたらどんどん時間が経過してしまい、まさかの0700撤収行動開始となってしまった。
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 今日最初のワンピッチは北穂から穂高岳山荘まで。何度か通っている道なので不安はない。昨日の疲労も残っておらず、快調に脚は進む。穂高岳山荘を通過し、奥穂高岳へ。この日も登山者はさほど多くなく、自分のペースを守って歩く事ができた。無事奥穂高岳を登頂し、いよいよ待望の前穂高岳へ。こっからは全く知らないルート。期待に胸躍らせて足を踏み入れる。しばらく歩いて抱いた感想は、槍ヶ岳の西鎌尾根に似た雰囲気があるなと。狭い尾根線を所々左右にルートを振りながら進んでいく。岩・ガレ主体の地質であり、細かなアップダウンもあることから、速いペースを維持することは困難だった。

 吊り尾根は想像以上に長かった。下り主体のルートやろと勝手に思っていたのだが、細かなアップダウンが連続する嫌らしいルートだった。しかも、奥穂高岳以降登山者が急に増加した。狭いルートかつ危険地帯でもあるため、そうそう追い越すことはできない。苦難の道を辿り紀美子平へ。ここでザックダウンし、前穂高岳へとアタック。身軽になったこともありピークへの急斜をテンポ良く登る。丁度紀美子平で皆が休んでいたため、前穂往復は人が少なく歩きやすかった。

 前穂到着。思ったよりも山頂広い。展望は良好で、北ア南部の山々が間近に見て取れた。眼下にはこれから下る上高地。遠いな。足腰が鍛えられていない状態で、あそこまで下るのは至難やわ。と軽く絶望織り交ぜつつ山頂を後にする。紀美子平に戻りザックアップ。さーこっから重太郎新道の下り。アルプスの景観もここまでかね。しっかりと目に焼き付けた。

 重太郎新道の下りは地獄だった。これまで最狂の下りは飛騨沢だと感じていたが、それをも上回る苦難。つーか飛騨沢とは道の質が違う。飛騨沢は瓦礫・ゴーロを踏みしめつつ見通しの利くルートを延々と進まねばならない地獄。重太郎新道は、基本土と下草に覆われた道で、周囲を広葉樹林に包まれた見通しのあまり利かないルート。しかも急斜ながらも斜度が一定せず、リズムが掴みにくい。良く整備されており危険な箇所はほとんどないが、休憩できる岳沢ヒュッテまでの時間を考えると、ワンピッチで歩きとおす事はなかなか厳しい。

 途中、韓国人パーティーと言葉を交わしつつ何とか岳沢ヒュッテへ。ようやく辿り着いた。体力気力共に相当削がれた。コーラを購入し、売店を物色。手拭いの色合いが良い。緑を基調とした好みのデザイン。迷わず購入。その他にも見栄えの良い小屋グッズが各種取り揃えてあった。さて、ここで昼食を摂っても良かったのだが、上高地までワンピッチともなれば里心が付く。こっからは巻きで下って上高地でメシを喰うことにした。

 そうと決まれば気持ちは軽い。脚は重いが快調に下る。気分的にはあっという間に河童橋に到着。昨日よりも圧倒的に観光客が多い。人をかき分けて何とか対岸へ。上高地は人手多いかな…と不安に包まれつつバスターミナルへ到着。圧倒的観光客。食事処も人であふれている。なんて事だ。上高地で食事を摂ることを諦め、売店でチップスターを購入して昼食代わりとした。ポリポリ食すうち、アカンダナ駐車場行きのバスが到着。ようやく短い北アルプスリハビリ登山は幕を下ろしたのだった。
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西穂独標
2016-08-14 Sun 10:53
 妹女史の初北アはどこにしよう…まず前提は1泊2日のテント泊。行動時間は長くても3時間かな。から始まった登山計画。本格的な登山経験のない妹女史を北アルプスに連れて行くのだから無理は禁物。お手軽お気軽でなければならない。

 そうは言っても登れる山は限られるのだが。・新穂高ロープウェイを利用した西穂山荘 ・千畳敷ロープウェイを利用した木曽駒ヶ岳 ・八方尾根からの唐松岳 ・南八ヶ岳周辺 くらいか。土地勘もあって近場でお金もさほどかからない所で考えると、新穂高ロープウェイを利用した西穂山荘が一番楽ちん。天候さえ良ければ高山気分を満喫してもらえるだろう。

 登山日程はお盆時期と言うこともあり、前日夜に勝山発。深夜新穂高ロープウェイ駐車場に到着したのだが、既に駐車場は満車に近い状態。マジか。明日からが本番やのに。こんなんでは西穂山荘のテント場が空いているか否か微妙なところだ。

 今回はお気軽登山なので朝もゆっくり起床。それでも7時台のロープウェイに乗車。弟君は支柱を通過するたび揺れるので恐れ戦いていた。そんな事がありながらも無事ににしほたかぐち駅に到着。つつがなく登山開始となった。
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 隊列はいつもの如く単縦陣。兄者-弟君-妹女史-父の順。兄者の適切なペースメイクにより、パーティーは順調に標高を稼いでいく。妹女史が疲れたそぶりを見せた頃、西穂山荘に到着。ここまで来ればもう安心。最悪山小屋泊かそのまま下山しても無問題。山荘受付で幕営手続きを済ませ、適地を物色。時間が早い事もあり、入山者が多いにもかかわらず4人用テントを設営するのに十分なスペースを確保する事ができた。今回就役したオクトス アルパインテントは4人用を謳っているが実質3人用。子供が多いパーティーならば4人でもスペースは十分だった。
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 設営後、行動食をひとかじりして空身で丸山方面へ。果たして何処まで登れるかな。と思っていたが、何の事はなく西穂独標まで来てしまった。もっと手前で高度差にビビって引き返すと思ったのに。下りも快調なもので、あっという間に幕営地へ。ここからはダラダラと無為な時間を過ごす。西穂ラーメンを食べたり、ゲームをしたり、ババ抜きで10回連続で2人の間をジョーカーが往復したり。ちなみにこの晩はペルセウス座流星群極大の日だったが、生憎の曇天により目にする事はできなかった。
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 翌朝も惰眠を貪った後に朝食を摂り下山。特に怪我も事故もなく下山後の温泉を満喫し、勝山への帰路についた。
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長山~大師山~三頭山~法恩寺山~経ヶ岳~大舟山~赤兎山~三ノ峰~別山~白山御前峰~白山釈迦岳~市ノ瀬
2016-07-22 Fri 11:19
 今回の山行は、ハッキリ言ってしまえば藪との闘いだった。自分としては入念な準備を行ったつもりだった。ここ2年間に当該ルートである法恩寺~経ヶ岳、経ヶ岳~赤兎山、赤兎山~三ノ峰を辿ったであろう山行記録を抽出して登山道状況を確認したり、春先には平泉寺~三頭山~大師山~長山を踏破し大師山~長山間の道なき道を頭の中に叩き込んだ。本番前日には序盤のルートを変更し、長山グラウンド脇から林道を通って廃道を通るルートに変更し、現地の状況をつぶさに確認した。

 しかし、時期が悪かった。今年は前冬の大暖冬が響き、山の融雪が思いのほか速く進んだ。予想行動時間が長いことから、薄明帯からの行動を想定し、夏至前後に実施する予定でいた。しかし、各種行事や天候などの要因により、約1ヶ月遅れでの遂行となった。この1ヶ月で藪はその繁殖力を大いに発揮したようだった。

 当初の予定は以下の通り。下山時間が遅い時間に設定してあるが、これまでの比良山系往復登山等の経験から、想定時間を削って早く下山する事が可能と踏んでの設定。一応、エスケープルートは数多く存在するので、その時々の状況に応じて柔軟に対応する事とした。
長白タイムテーブル

 結果論で言ってしまえば、時間の読みは激甘だった。公式のコースタイムが示されていない長山~赤兎山間の想定が特に酷く、藪の影響がなかったとしてもコースタイム通りor若干遅れていただろう。

 さて、今回の山行を振り返ってみる。前夜は2000に就寝し、途中で何度か目覚めたものの0300に起床。睡眠は都合6時間程度確保できた。レーズンバターボウルを1袋摂取し、自転車で長山へ。車は前日のうちに市ノ瀬へデポ済。途中コンビニで食料・行動食・ハイドレーション用アクエリを購入。0400前、長山公園に到着した。

 ここでチャリをデポしてトレラン開始。先ずは神社にお参りしてから走り出す。すぐ傍で何やら野生生物の鳴き声が聞える。ライトを照らすと姿は見えないが2つの瞳が妖しく反射するのがハッキリ見て取れる。長山怖いよ長山。
長山公園


 グラウンド脇を通って林道に入る。林道とは言え、ここも既に人の往来がない道。腰ほどの下草を踏みしめつつヘッドライトの明かりを頼りに進む。前日の雨と朝露の影響で速攻下半身・靴の中はグッショグショ。ま、稜線に出れば乾くやろうから気にせずに進む。

 旧林道を辿り、倒木を掻き分けて林道終点へ。前日下見したとおり、沢をつめて廃道となっている登山道を目指す。が、暗闇の中ヤブに阻まれて方向を誤ってしまった。この時は地形と植生を頼りに進んでいたが、背丈を越す藪と随所に立ちはだかる倒木のために頻回の迂回を余儀なくされた為、知らぬ間に見当違いの方向に進んでしまったのだった。仕方なくコンパスを出し、方角を確認して進む。見覚えのある場所にたどり着く。更に進む。藪の中で方向を見失う。コレを30分ほど繰り返すうち、辺りが明るくなり地表も何とか見通せるようになった。何度目かの方向確認作業の後、何とか正規ルートに行き着き、大師山方面へと進むことができた。
大師山から長山ルート

 一度ルートに乗ってしまえばその後は快調。大師山から浄法寺ダムへの登山道に行き当たり、大師山方面へ向う。ここで猪家族に遭遇。まだ小さいうり坊2匹が登山道をヒョコヒョコ先行している。可愛い姿だ。カーブを曲がった先で見失ったので安堵していると、次のカーブの先で父親&母親&子供2匹のファミリーに遭遇。こっちが驚いていると猪父は気付くのが遅れたらしく、一呼吸置いてから「ブヒィ!」と叫びながらホイールスピンしつつ登山道を疾走。母&うり坊たちは山中へ散り散りとなって逃げていった。父ちゃん家族見捨てて逃げていいんか…

 想定よりも遅く大師山正規ルートに到達。こっからはHR155~160前後を目標に登っていく。補給は1時間に1回エナジーゼリー or カロリーメイト or おにぎり or パンを。しかし、大師山への登りで既に足が重い。長山の藪格闘で相当体力を酷使してしまったようだ。先が思いやられる。
大師堂


 大師山~三頭山~法恩寺山と次々に踏破。道が綺麗過ぎて何も書く事なし。法恩寺山に行く途中の中の平避難小屋にママチャリが止めてあったのと、上の駐車場近くで軽トラの走行音が聞えたのは覚えている。つーか、今回の登山は他の人とほとんど会わんかった。
大師山

林道出合

稚児堂

法音教寺跡

中ノ平避難小屋

法恩寺

 法恩寺山を越え、伏拝を通過。いよいよここから経ヶ岳(北岳)へ。こっから北岳へは4回行ったことがある。しかし、年によって整備状況が大きく変わり所要時間が読めない為、注意が必要。今回はヤブランクBといったところ。ルートは見えるが所々掻き分けて進む必要がある。
伏拝

 北岳へ到達。時折日が差すが基本曇天。小原側から雲が湧いている状況。風はさほど強くない。さぁ、こっからが本番の大舟山経由の赤兎山ルート!つーか取り付きからして判らんのやけど…。数m先に何となく道っぽいところがあるように思えたので、南無三と藪に踊り込み泳ぎ進む。うん。これは道見えんわ。地表近くまで視点を下げると道っぽいのが判別できるが、上からは道は見えん。多少植生が違うように見えるので、何となく違いが分かる程度。ヤブランクSとまでは言わんけど、A+くらいは付きそう。笹・灌木・倒木とバリエーションも豊富。折角事前に情報収集して、今年前半なら行けるかもって思ってたのに…。しかし、ここで引き返す選択肢はない。引き返すにしても長山まで戻らんとあかんし、こっから市ノ瀬に進むんと大差ない労力やろ。
北岳分岐


 序盤は痩せ尾根だったので道に迷う事はなかった。道見えんかったけど。最初に道をロストしたのは  mピーク。下り加減の地形になってから道がなくなっていた。地図で見るとピークで道が曲がっているのだが、曲がり角が何処にあるのか分からん。このまま先に進んで道を探すか・戻って道を探すか。ここでのロストは焦った。携帯は繋がらんし、トレラン装備やで最低限のビバーク用品しかない。マイナールートやから他の人が通ることは全く期待できない。落ち着いて道を登り返し、視点を地表まで下げて捜した結果、曲がり角を発見して何とか事なきを得た。

 次にロストした地点は大舟山直下。大舟山から下るうち、沢状の地形に移行していった。何の疑いもなく下っていくと次第に踏跡が不明瞭になり(いや、最初から不明瞭ではあったが)、仕舞いには四周を藪に囲まれたジャングル地帯へと行き着いた。よりによって2回目か…。もう半泣きになりながら周囲を彷徨うが、道の気配は全く感じられない。何度か行ったり戻ったりを繰り返した後、諦めて来た道を戻る。ピークまで戻り、慎重に歩を進めると、左手に僅かな踏跡を見つけた。こんなん判らんわ!どう考えたって真直ぐ沢に進む方がルートに見えてまうやろ!!
大舟分岐


 正規ルートに戻り安堵するのも束の間、赤兎山への登り返しで三度ルートをロストしてしまった。今度はため池の縁を回り込むように通り、小鞍部を抜けて進んでいく道。暫く進むと倒木により道は塞がれていた。周囲を捜索するも、その先に道らしき道は見当たらなかった。3回目か…いい加減飽きてきたわ。しかし今回は赤兎山が近いことから、最悪藪漕ぎして赤兎まで行くと言う選択肢もあった為、混乱することはなかった。一旦座ってカレーパンを食して気を落ち着かせる。戻るか。小鞍部まで戻り、ため池も再び回りこむ。更に戻っても道はない。再度ため池を回り、小鞍部へ。目を凝らすと、小鞍部から左側に道らしきものが。。。だからわからんて!!こんなん100人中100人気付かんて!!!

 赤兎山への登り返しは思いのほかキツかった。そう言えば、法恩寺から経ヶ岳に下る際、右膝に軽い痛みを覚えたのだが、ここにきて完全なる痛みへと移行してきた。右膝痛めるのは珍しいな。いつも左膝ばっかり痛めてたのに。それでもストックに身体を預けて必死に重力に抗い、大いなる苦難の果て、赤兎山と大舟山の分岐にたどり着いた。この日一番の達成感に包まれた。ほとんどゴールにたどり着いた心境といっても過言ではない。こっから先は多くの人達が通った整備された登山道。もうこれまでのような苦難に打ちひしがれる必要はなくなったんだ。。。

 さて、ここで一つ選択を迫られる。0925到着予定の大舟山分岐に1110着。まさかの1:45押し。ハッキリ言って当初目標だった白山釈迦岳回りは無理。つーか、膝の痛みがあるので御前峰も厳しい。ここから小原峠に下り、市ノ瀬へ下るって手もある。しかし、ここまで来て赤兎山を踏まずに下山する事は考えられなかった。時間的には三ノ峰~別山までなら行けそう。よし、取り敢えずはそこ目指して進もう。

 やっぱ赤兎山は人気が高い。花目当て白山目当ての登山者が数多くいた。これまで一人の登山者にも遭遇せんかったのに…。赤兎山を経て、赤池湿原・避難小屋・裏赤兎山へと脚を進める。そこかしこで登山者が昼食を食べながら景色を楽しんでいる。私も周囲の景色を愛でながら、次のチェックポイント杉峠を目指す。裏赤兎山からは再びマイナールート。とは言え、立ち入る人はこれまでよりも多い場所で、道は比較的しっかりしている。
赤兎山

赤兎山避難小屋



 ここでアクシデントが起きた。これまで動いてくれた右膝が伸ばせなくなった。登る分には足の動かし方を工夫する事で何とかこなせたが、下り基調のこの区間で完全に痛めてしまった模様。仕方ないので、ダブルポールを最大限使って先を進むことに。今回の山行は踏んだり蹴ったりやなぁ。

 赤兎山~杉峠間では登山者に出会わなかったものの、藪は少なく歩きやすかった。ヤブランクはBと言ったところ。脚にトラブルが発生したが、行程は順調に進んで無事に杉峠に到着することができた。これ以上無理する必要はないと考え、三ツ谷を下って市ノ瀬へ帰還するルートを選択。脚を大いに労わりつつ、無事に市ノ瀬へとたどり着いた。
杉峠

杉峠入口

三ツ谷入口

市ノ瀬
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第5回 東尋坊愛のマラニック反省会
2016-06-12 Sun 07:33
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 とまぁ無事JAはるえで収容されおろし蕎麦を堪能できた訳だが。
如何せん、完走できなかった事が今になって悔やまれてならない。103kmを15時間で考えていたので、おおまかに9:00/kmを上回るペースで走り続ければ完走できると考えていた。関門で考えると、平泉寺51km地点12:30関門→9:00/kmで走ると12:39って時点でアウトなんだが。特に後半ペースが落ちることを考慮すると、もっと前半にマージンを稼いでおく必要があった。
 しかし、ウルトラで序盤からのオーバーペースは死を招くとか、80km過ぎに壁が聳え立つなどの話をチラホラ聞いていたので、必要以上にビビってしまった。

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 実際の走行データを参照すると、24kmまではイレギュラーを除き7:30/km前後で走る事ができていた。24kmって言うと、北陸道をくぐってフクイカントリークラブ手前辺り。思い返してみると、この辺りから右股関節痛が出始め、ペース維持が困難になっていた。25km~43kmまでは平均すると8:00/kmだが、バラツキが大きかった。細かなアップダウンによる影響か。44km~53kmは平泉寺に向けての登りで大きくペースダウン。54km~59kmは下りでペースを乱されつつも7:40/km前後。60km以降はピッチ維持が困難となり、惰性で走り続ける形に。そして73km以降、いよいよ9:00/kmを下回るペースに突入し、貯金を切り崩す状況に。股関節を痛めた76km地点からは10:00/kmを何とか切るペースでしか進めなくなり、終盤は歩きに陥り完走は夢と散り果てた。

 スタート時に立てていた7:30-8:00/kmペースで序盤をこなすことと、心拍数を130前後に維持する点に関しては、平均ペース8:33/km・平均心拍数133bpm(何れもスタート→JAはるえまでの平均)だったことから、目標通りに進めることができたといえる。そして、今になって感じる事は、もっとペース上げて走れたなって事。後半疲労が蓄積されて足が動かんとか、足が攣ったとかの症状が出たが、筋疲労を感じる事はなかった。レース後数日経過した時点でも筋肉痛が出なかった事からも、筋肉に対するダメージはさほどなかったと言える。そう考えると、後半のペースダウンを見越して7:00/km・HR140前後を目指して前半の貯金を多く取った方が良かったか。実際、未舗装路で左股関節を痛めることがなければギリ完走できていたペースやったし。

 来年の第6回大会はどうしようか。出場するまでの準備が煩雑で気が滅入る思いが強い。今年のコンディションはものすごく良かったし、達成するならば今年1発で決めるべきやった。雨の中を走ること考えたら地獄やろうし。とは言え、何だかんだで88km走る事はできたんで、やっぱゴールにたどり着きたいな。夕日の沈む海岸線を走ってランタンに照らされてゴールしたい。たぶん来年も出ると思う。
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第5回 東尋坊愛のマラニック103km
2016-06-05 Sun 09:43
 東尋坊 愛のマラニックの存在は第1回が開催された2012年から知ってはいた。しかし、ロードを走ることに意義が見出せない自分にとっては心に響くものは何もなく、毎年スルーしていた。考えてみると、何故この大会にエントリーしたのだろう。つーか今年の年間目標に掲げた大会やった。たしか9月の市民駅伝に選ばれるように春先から走って体を作るためやったかな…。市民駅伝って2~3kmしか走らんのやけど。何をトチ狂って103kmも走ろうと思ったんやろうか。
 
 年間目標に掲げた大会なので、一応冬場からトレーニングは進めていた。2月からロードワークを開始。ロード嫌いの自分が月間走行距離100kmを達成したのには驚いた。3月には足羽川マラソンハーフに出走。人生初のハーフに戦々恐々していたが、目標としていた2時間40分をギリで切る結果にひとまず安心。4月に入り、比良山系往復トレラン50kmを敢行。補給ポイントが1箇所しかなく、人も少ないロングトレイルを1日で走りきれるか不安だったが、12時間行動の末、無事踏破することができた。と言うものの、合い間合い間に左足爪先を痛めたり左膝を痛めたりと中々思い通りにトレーニングを進められずにヤキモキもした。

 5月上旬に最後のロング走として、本番コースを東尋坊から勝山まで走ってみた。電車の接続の関係でスタートは8時過ぎ。天気は良く風も強いコンディション。目標は平泉寺-勝山駅を経て発坂駅まで。調子がいいようなら上志比まで走ろうと思っていた。
 スタート後、三国町内をテレテレ進む。HRは130イーブン、ペースは9:00分/kmを意識。
地図を頼りに順調に進む。事前に調べていた通り、田園地帯を淡々とすすむ。何の面白味もない。山やったら起伏とか景色楽しめるのに。楽しみはプレーヤーに落とした電気グルーヴのオールナイトニッポン。高校時代の情景がリアルに思い出された。

 休む事無く坂井町に入り、コンビニでパン補給。そう言えばこの日はあんま朝食食べてなかった。喰いながら走り、丸岡町へ。北陸道に近付く頃、登り坂が現れた。ここで初めての歩き。両爪先と左膝と右股関節が痛い。だましだまし走り歩きし、鳴鹿のセブンイレブンへ。ここで昼食を摂るが完全に心は折られ、以降9割方歩きに。北郷ファミマでも買い食いし、平泉寺遥か手前の我が家へ帰宅。ロング走の難しさを痛感した一日だった。

 残された時間は2週間。今から足掻いても付け焼刃やし疲労残すしいい事無いと思ったので、20km走1回と10km走2回でお茶を濁しておいた。あとは情報収集。ウルトラ走るにはレース用シューズは小さい事が判明したので、当日は2ndシューズを使用することに。あとはサポートタイツとソックス。インソール使用も迷ったが、今まで使用した事がなかったので今回は回避。補給系はザックなどを背負わずにサイクルジャージを着てポケットに入れた。水分もハーフパンツのポケットに250mlペットを入れて準備万端整った。

 さて前日。受付は平泉寺白山苑を指定されていたが、受付時間1500~1800って行ける訳ねぇじゃん。家人にお願いした。就寝は1900。.当然眠れる訳もなく2100過ぎまでゴロゴロしていた。明けて当日0130過ぎに目が覚める。0200前に自宅を出発。ガンダムUCを見つつ会場へ。ダグザ中佐超格好良い。途中コンビニで朝食を購入し、エイド表をコピー。0240東尋坊着。第1駐車場は0300に開く予定だったが、丁度到着時に開く幸運。駐車後、車内でダグザ中佐の漢っぷりに感銘を受けつつ朝食を摂取。その後、装備を整えてスタートを待った。以下装備。

 キャップ
 サイクルジャージ(ポケットにエナジージェル×4・カロリーメイト・アミノ系サプリ・塩タブレット・手拭い)
 アームホルダーに音楽プレーヤー
 ハーフパンツ(ポケットにスマホ・250mlペット・ファーストエイドキット)

 [村岡公民館に預ける荷物]
 エナジージェル×4・カロリーメイト・アミノ系サプリ・塩タブレット・替えキャップ・ソックス

 0430頃スタート地点に移動し、開会式。話が長いので東尋坊見学へ。頃合いを見計らってスタート地点に戻ると良い時間帯に。さして盛り上がる事無く0500、スタートの合図。沿道に並ぶ応援の人に見送られつつ、ほぼ最後尾で東尋坊を後にした。
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 スタート → 木部公民館 5.7km地点 5:42着
 最初の信号で車の往来に捕まり早速停止。しばし待った後、県道7号線へ。スタート時は選手が少なく感じたが、歩道や路肩を走る人は彼方前方まで続いている。思いのほか人多いな。細かなアップダウンをこなしながら淡々と走る。本番での目標はHR125~130で7:30~8:00分/kmのペース。これを守りきれば完走できるはず。三国運動公園の登りで集団から遅れるが、先は長いので気にしない。が、三国の街中を走って最初のエイド木部公民館に着いた時、後を振り返ると3人くらいしかおらん!マジか!!信号で捕まってもっと遅れてる人がいるんかも知れんけど、あんだけ続いてた人並が自分を最後にプッツリ切れていたのは衝撃的だった。今回はエイドでの停止時間は最小限に抑える作戦。コップ1杯の水を頂戴し木部公民館を後にした。
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 木部公民館 → 下兵庫 12.3km地点 6:34着
 三国町内で続いていた人並も次第にまばらになってきた。しばらくは延々と続く田園地帯を走る。こまめに水分摂取を続けているので、喉が乾く気配は無い。朝食もガッツリ摂ったので腹も減らない。ペースも無理なく進めているので脚に不調はない。今ン所全て計算どおり。序盤飛ばしてペース落ちてきた人々を着実にかわしつつ次の下兵庫へ。ここではバナナ1/2を摂取。
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 下兵庫 → 一筆啓上茶屋 19.3km地点 7:24着
 下兵庫からは比較的市街地を通り、坂井市役所方面へ。信号交差点が増えたが、ペースを調整して引っかからないように進んだ。8号線を地下道で潜り抜け、丸岡中心街へ。丸岡城を目指して突き進み、袂にある一筆啓上茶屋へ。ここでは暖かい素麺が振舞われており、2杯頂戴。トイレを済ませた後、東進した。
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 一筆啓上茶屋 → JAカントリー 25km地点 8:12着
 一筆啓上茶屋を過ぎると再び田園地帯に。北陸道めがけて登りが入る。前回試走した際、歩きが入ったエリアだが、今回はコンディションも良く自分のペースを刻む事ができた。しかし、北陸道を抜け南進するアップダウン路に入ると右股関節の痛みが。まだ違和感~軽い痛みといった按配だが、長距離ランで軽度の痛みを放置すると後で苦しむ事は学習したので、JAカントリーのエイドでバナナを喰いつつ対策を施した。まだいつもの左膝・爪先痛は出ていない。何とか現状のペースを維持したいところ。
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 JAカントリー → 浄法寺 31.5km地点 9:05着
 JAカントリーを過ぎてからは勝手知ったる道。距離感やアップダウンも頭に入っている。鮎街道を渡って山鹿の集落に入っていく。ここで10人ほどの先行者をパス。基本エイドで止まらない&一定のペースを維持する作戦なので、スタートしてからは抜く一方。中には脚を故障して停止している人や既にオール歩きになってしまう人もいた。ウルトラの走り方は難しいね。体調良いからといって飛ばすと絶対後半地獄やし。東尋坊マラニックは楽なコースって言われてるけど、一筆啓上茶屋~浄法寺までの区間は地味なアップダウンが続くで、思いのほか疲労がたまるんじゃないかと思う。
 前方にいるランナーを少しずつかわす事でゾーンに入ったのか、カントリーで施した痛み対策が功を奏したのかは分からないが、さほど苦しむ事無く浄法寺へ。ここは自分が食べられる物がなかったので水分補給のみ。
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 浄法寺 → 坂東島 36.3km地点 9:44着
 次は地元勝山のエイド。否が応にも意気昂ぶる。北島橋のたもとで集落からの道と鮎街道が合流。ここからは鮎街道を坂東島へ。延々と登って一気に下る脚に来る区間。ここでもペースの上がらない人々をかわしていくが、ほぼ同じペースで走る前走のお兄さんがワキガ。そこはかとなく漂う腋臭。口呼吸していても染み入る腋臭。時間経過と共に吐気が…。坂東島エイドでぼっかけが出ていたので沢山食べたかったが、お兄さんから逃げ切る為に無念の先行。
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 坂東島 → 上森川 39.8km地点 10:12着
 この頃から晴れ間が広がり、気温が上がってきた。暑さによる消耗も頭に入れておかねばならない。広域農道に進み、前方に見渡せる多くのランナーに続いていった。途中、サッカークラブのコーチ一家に遭遇し声をかけられる。上森川エイドで家族とも合流。フルーツ入りサイダーを飲み干し、健闘を誓い合った。

 上森川 → 村岡公民館 45.7km地点 11:04着
 広域農道からバイパスの広い歩道へ。まだ前後にランナーは多い。この区間も嫌らしいアップダウンに悩まされる。無心に登りをこなし村岡公民館へ。ここで簡単に補給を済ませて平泉寺に向けて駆け出す。しかし何たる不覚!預けておいた荷物の事を失念しており、勝山病院に来て思い出した。そのまま進むことも考えたが、補給物資を装備しないとこの先生きのこれないと考え出戻り。無駄に数百メートル浪費し、公民館で補給物資を装備。ついでに痛みが強まってきた右足つま先に対策を施し、村岡を後にした。
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 村岡公民館 → 平泉寺 51km地点 11:58着
 村岡公民館で休む人が多かった為か、ここから先は人が少なかった。トンネルを抜けジオアリーナへ。今日落成やったんか。大仏脇を通り、いよいよ平泉寺菩提林へ。最初の坂は頑張って走ったが、牛岩馬岩の坂はカロリーメイトを食いながらの速歩&痛み対策を実施。上からは折り返しのランナーがガンガン走って降りてくる。皆元気だ。道が平らになり、再び走り出す。12時前、折り返し点である平泉寺着。ン?関門時間12:30?あと30分しか余裕ないん?思いの他制限時間厳しいんかも。トイレを済ませて復路に入る。
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 平泉寺 → 勝山駅 56.2km地点 12:42着
 ロードの下り坂は嫌いだ。脚にダメージが残るし、走りのリズムが崩れるから。ダラダラ下りは平泉寺から勝山自動車学校まで続いた。そして完全にリズムは崩れた。それまで保っていた細かなピッチが、どう足掻いても維持できない。弁天河川敷の平坦コースに入ってもピッチ走法に切り替えることができず、不安に苛まれつつ勝山駅へ。ここで元勝山高校山岳部顧問の林繁樹氏に会った。二言三言会話を交わしたが、相変わらず頭のほうは繁ってなかった。
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 勝山駅 → 発坂駅 59.5km地点 13:09着
 勝山駅からは山沿いの旧道へ。ここの道好き。普段走っているコースなので、何も考えずに只々進む。人影はまばら。前後を見渡しても5人ほど。都会から来た人は心細いやろうね。左手に山がそびえて右手は田んぼか川か線路。で「熊出没注意」の看板が置いてあるんやから。発坂駅では味噌和え?なるものがあった。自分は食べられないのでコーラを補給。
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 発坂駅 → 小舟渡 63km地点 13:40着
 さて、平泉寺で制限時間が厳しそうな事を認識し、その後はペースの維持ができずに四苦八苦。東尋坊20:00のゴールに黄信号が点灯している事は認識していた。何とかして9:00分/km以上のペースを維持し、前半の貯金を保たねばならない。ここからは精神力の勝負やな。そしてここで窪田さん一行と合流!っつーか遅い!!本当は勝山駅で落ち合う筈やったのに。ここで窪田さんから補給物資の追加を受領し、煽られつつ小舟渡へ。
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 小舟渡 → 上志比 66.4km 14:09着
 窪田さんからは要らぬちょっかいで地味にHP削られ、高田さんからは昨年完走したポイントを指導され、池田さん&持田さんからは変態を見る眼差しを頂戴しつつ上志比へ。ここで待ちに待ったラーメン!だが、そろそろ胃腸が弱ってきたのか1杯食べただけで御馳走様。2~3杯食べたかったなぁ。
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 上志比 → 光明寺 71.8km地点 15:01着
 上志比集落から上志比エイドまでベタ付きされた男性をエイドで撒いたお陰でマイペースで走ることができた。しかし、体の痛みは徐々に顕在化し、本日3回目の痛み対策。これが恐らく最後。これ以降は己の忍耐でカバーする他ない。走りはガタガタだが、まだ我慢できる痛み。何とかこのペースを維持していざ東尋坊へ。
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 光明寺 → 高椋 79.6km地点 16:19着
 光明寺エイドでぜんざいを摂取。村落からローソンを越え、九頭竜川河川敷へ。東尋坊マラニック目玉となりつつある未舗装飛び石エリアへ。この雰囲気嫌いじゃない。リズム良く石を飛び越え、階段を登って本覚寺へ。ここで左股関節に強烈な痛み!今まで右股間節は何度も痛めてきたが、左股関節を痛めたのはこれが初めて。しかも従来の股関節痛よりも痛い!先程最後の痛み対策を行った為、これ以上の対処はほぼ無理。こいつぁ困った。何とか騙し騙し片足の力で走り続ける。こっからは抜かれまくりだった。
 そして高椋エイド前で窪田さん離脱。皆さん激励&サポート多謝でした!!
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 高椋 → 北横地 82.7km地点 16:54着
 高椋からはオール歩き。遂に恐れていた大ブレーキが現実の物となった。一応9:00分/kmのペースで歩いていたが、こんなん維持できる訳ないやん。
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 北横地 → JAはるえ 86.4km地点 17:36着
 そして運命のJAはるえエイド。到着と同時に係員に関門閉鎖を告げられた。そう言えば完全に春江関門を失念していた!もう少し頑張っていたら春江関門はクリアできてたのに!とは言え次の関門には確実に引っかかっていただろうから、コレは実力通りの結果とも言えた。
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 JAはるえエイドでは、15名強の屍たちが身体を横たえていた。私もこの日初めて椅子に腰を下ろした。ボランティアの方々が打ち立ての蕎麦をご馳走してくれている。お言葉に甘えて2杯頂戴した。その後、バスが到着し敗残兵を収容した後、ゴール地点へと戻って行った。道端には遮二無二ゴールを目指すランナー。彼等には20:00のゴール閉鎖時間まで闘う猶予が残されている。そして行く手には日本海に沈み行く夕日。苦しみもがき走り続けるランナー達を美しい茜色に映し出している。東尋坊が近付くと、道両脇にランタンが。ゴールを目指すランナー達を導くように東尋坊まで続いている。美しい風景だった。
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比良山系往復トレラン
2016-04-17 Sun 10:10


 2014年にSea to Summitを実施するにあたり、幕営装備で1泊2日で縦走したコースをトレランスタイルでワンデイ往復。雪融け直後の里山トレイルなので、所々不明瞭な箇所があると予想された。また、補給箇所は折り返しに近い打見山のびわこバレイ1ヶ所しかない事も不安材料。つーか、往復50kmを日帰りできるのかが最大の焦点とも言えた。

 決行前の4月15日、家の用事を終え2000過ぎに自宅を出発。下道を繋いで一路道の駅くつき新本陣へ。2200過ぎに無事到着し車中泊。4月だと言うのに底冷えが厳しく、ダウンシュラフにくるまって就寝。明けて翌朝0300起床。向のコンビニで朝食&行動食を購入。登山口であるふれあいの里センターへ移動。が、2年前には存在していたふれあいの里センターが跡形もなく消え去っている。駐車場だった部分もロープが張られ、出入りでき内容になっている。これは困った…仕方なく路肩ギリギリに車を停め、出発準備を終えた。

 0500登山口出発。尾根伝いの急登を蛇谷ヶ峰へ。中腹以降は疎林となり見通しが利く様に。山頂に到着し、琵琶湖越しに朝日を望む。今回も前回同様、天候には恵まれている。ここからは一旦、急な東斜面を駆け下り、南に進路を変えつつ縦走ルートへ。細かなアップダウンを繰り返すがリズムを崩す事無く先へ進む。以前道に迷いそうになった地蔵峠も今回は難なくクリア。比良山系北部の主峰、武奈ヶ岳へ。相変わらず打見山・蓬莱山は遠い。本当に日帰りできるのか不安になるが、心肺・脚腰共に余力は残っており、まだまだ走れる状態。
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 武奈ヶ岳を下り、コヤマノ分岐へ。以前はここから八雲ヶ原-北比良峠を巡るルートを選択したが、今回はワンデイと言う事もありコヤマノ岳から金糞峠へと繋ぐショートカット路を選択。コースタイム上では60分程度の短縮が期待される。しかし、ここで下る道を間違える痛恨のミスコース!中峠方面から登ってくる登山者に気を取られてしまい、吸い込まれるように中峠コースへ。途中で尾根が分岐している事に気付き、失意の中コンタリングして正規ルートへ。最短ルート選んだ意味ないじゃーん。

 ここからは快調に進み打見山へ。待ち焦がれたびわこバレイ。この日もグリーンシーズン営業がなされており、山頂レストランもお客さんで賑わっていた。ここではコークタイムとし、500mlペットを1本購入して休息。この後の行程を練る。ここまで来れただけでも自分的には満足。しかし体力・気力共にまだ残っている。この先どこまで足を伸ばすべきか…スキー場終点の蓬莱山までは行ってみよう。南比良山系のハイライトとも言える山やし。そこから権現山までは…正直キツいかな。無理せんと引き返すのが無難やろ。などと考えをめぐらせつつ打見山を後にした。
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 蓬莱山へはゲレンデを下って登るコース。見晴らしもいいし観光客も多く賑やかで大変よろしい。琵琶湖と比良山系の大景観を満喫しながら蓬莱山へ。そこから権現山を望む。何パーティーか歩いている姿が見える。うし。自分も行ってみるか。前回権現山まで行ってるんやし、今回もそこまで辿り着かんかったら中途半端やろ。

 しかし、蓬莱山から権現山までは思いのほか遠かった。いや、最初から分かっていた事だったが。何とか一定のペースを保ち、権現山へ到着。刹那踵を返し蓬莱山へ。その後も淡々と歩を進め打見山へ戻った。さー昼食タイム。待ち焦がれたぜ。ザックダウンし、山頂レストハウスへ。しばらくまともな固形物を口にしていなかったので、こってり豚骨チャーシュー麺を注文。ハフハフ言いながら食べ進んだが、途中からあまりのこってりさにグロッキー…何とか胃袋に押し込んで復路の道に就いた。

 再出発はしたものの、全くペースは上がらない。胃もたれが酷すぎ吐気を催す始末。身体に負担のかからないペースで進み、できるだけ胃腸を揺らさぬよう細心の注意を払い、消化促進に努めた。その甲斐あってか、武奈ヶ岳以降は体調が回復し、本来のスピードで進むことができた。しかし、好事魔多し。釣瓶岳付近から左膝に鈍痛を覚えるように。日も西に傾き、夕暮れ時を向えようとしていた。このタイミングでの故障は困った。何とか膝をかばいつつ彼方に見える蛇谷ヶ峰を目指した。
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 膝痛をかかえるも大きなペースダウンに至る事もなく快調に進む。須川峠を過ぎたあたりでこの山行の成功を確信した。日は陰っているが、何とか明るいうちに登山口まで辿り着くだろう。ひょっとして下りを頑張れば12時間切りも?と淡い期待を抱いたが、現実は厳しく下りで膝が利かない状態では無理な相談だった。それでも、総延長50km・累積標高3460mに及ぶロングトレイルをワンデイで駆け抜けることに成功した事は、自分にとって大きな自信となった。

→ ヤマレコ記録
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福井でトレイルラン#6 吉峰寺-祝山-仙尾山-大佛寺山 往復
2015-05-24 Sun 13:39
来週末に迫った敦賀でのトレランイベントに向けて最後の追い込み。


吉峰寺から出発
祝01

登りが厳しい祝山
祝02

尾根線に乗ってしまえば後はラクチン♪
祝03

仙尾山。えらい藪が茂ってた。
祝04

大佛寺山まであと2ピッチ。
祝05

血脈の池。ここまで来れば大佛寺山はすぐそこ。
祝06

大佛寺山とうちゃ~く。
祝07

復路は頑張って全走り。無事吉峰寺へ。
祝09

さて来週はどんな走りになるでしょう?
祝10
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ひとり山岳デュアスロン 近所の里山(三室山-村岡山-高尾岳)
2015-05-17 Sun 12:24
近くに登りやすい山もある訳やし、ロードバイク使って3つ巡ってみた。


荒土駐在所前から出発。
三室山~村岡山~高尾岳01

高尾岳
三室山~村岡山~高尾岳02

村岡山
三室山~村岡山~高尾岳03

三室公民館を過ぎて、三室山を望む。
三室山~村岡山~高尾岳04

三室山登山口
三室山~村岡山~高尾岳05

三室山山頂
三室山~村岡山~高尾岳07

速攻村岡山へ
三室山~村岡山~高尾岳10

村岡山登山口
三室山~村岡山~高尾岳11

村岡山山頂
三室山~村岡山~高尾岳14
三室山~村岡山~高尾岳15
三室山~村岡山~高尾岳16

高尾岳登山口
三室山~村岡山~高尾岳18

登りは情け容赦ない
三室山~村岡山~高尾岳19

高尾岳山頂
三室山~村岡山~高尾岳20

なかなか脚に来るトレーニングでした。
三室山~村岡山~高尾岳
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福井でトレイルラン#5 吉野ヶ岳
2015-05-16 Sat 10:21
朝の寒さを感じない快適なトレランシーズン。
お手軽お気軽吉野ヶ岳へ。


神社からスタート
吉野ヶ岳01

登山道整備の後なので走りやすい
吉野ヶ岳02

こっから林道へ
吉野ヶ岳03

林道を数十m登って再び登山道へ
吉野ヶ岳04

蔵王大権現。山奥に立派な建物やね。
吉野ヶ岳08

吉野ヶ岳山頂。展望は北西方向の坂井平野が望める
吉野ヶ岳11

相変わらず追い込めない心拍グラフ
吉野ヶ岳
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福井でトレイルラン#4 御茸山-槇山-御茸山
2015-04-12 Sun 19:14


朝倉氏遺跡近くにある古墳の山々をトレイルランニング。

福井市青少年自然の家から御茸山へ。
御茸01
案内板に従い粛々と進む。
御茸02
桜の綺麗な槇山。御茸09
西方の展望も良好。
御茸06
もうちょっと登りを強く行けるようになりたいところ。
御茸山-槇山-御茸山HR
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福井でトレイルラン#3 バンビライン
2015-03-29 Sun 16:51
3月も下旬になったしバンビライン走れるかな。
まだ雪多いかな。



発坂踏切前
発坂側から入る。

バンビライン登山口
送電線の入口からトレイルに。

トレイル
トレイル2
尾根道走りやす~い。

第2展望台
第2展望台から勝山市街を一望。

バンビライン往復
筋力がないんか心肺機能がないんか知らんけど、全然追い込めない。
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福井でトレイルラン#2 足羽山坂三昧
2015-03-29 Sun 16:39
足羽山の坂を幾つ駆け抜けることができるか。



足羽愛宕坂
愛宕坂

足羽椿坂
横坂

足羽百坂
百坂。全部で130段以上…

ブナの道1
ブナの道はトラバース気味の快適トレイル。

どんぐりの道2
どんぐりの道は尾根を直登する道。

神社1
途中から神社巡りになってしまった。

神社4
いい雰囲気を纏った山奥神社の鳥居。

藤島神社
藤島神社

毛谷神社
毛谷黒龍神社

足羽山坂三昧
良い坂道インターバルになりました。
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福井でトレイルランニング#1 松岡山~二本松山
2015-03-21 Sat 18:23
本年度から本格的にトレイルランに取り組む。
第1弾は松岡山~二本松山。

登り口の天竜寺からいきなりの急登。
松岡公園を過ぎてからは古墳群のあるピークを幾つもハントしていく楽しいコース。
何か所か擬木の急登があるが、適度なアップダウンが続くトレイル。

最奥地の二本松山から手繰ヶ山古墳まで続いていることを期待したが、
残念ながらここまで。あそこまで続いていたらもっと尾根線を楽しめたのに。
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sea to summit2014 DAY7
2014-08-15 Fri 18:58
 睡眠は十分とれた。起床は0300。この日も朝食は小屋の弁当。前日の失敗を糧とし、出発前に完食。ガスターとビオフェルミンもぬかりなく。空はまだ暗い。しかし、快晴の下、満天の星空。東には僅かに明るさを帯びた漆黒と紺碧のグラデーション。最終日にして最高の天候。昨日に続き、天佑我にあり。ヘッドライトの明かりを頼りに奥穂高岳の登りに取り付く。既に何名かの先行者が登っている。しかし、私はここで急ぐ必要はない。奥穂高登頂以降の馬の背通過時に太陽の明かりが必要なため、ここはゆっくり登って身体を温めつつ、奥穂高山頂で日の出を迎える算段。あせらず一歩一歩確実に進む。
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 しかし、先行者に追いついてしまった。ガイドと奥様達の先行パーティは休憩に入り、私に先に行くよう便宜を図ってくれた。礼を言って先に進む。程無くして奥穂高岳山頂。まだ周囲は暗い。山頂直下の岩の陰で風を避けながら明るくなるのを待つ。周囲の景色が秀逸であり、待っている間も飽きる事はない。何か別世界にいる錯覚さえ覚える。徐々に登頂者が増加し、次第に空が明るさを増す。岩場はまだ暗いため行動を開始できないが、他の登山者達は奥穂高岳山頂で日の出を迎えるようだ。と、先程のガイド&奥様パーティーが西穂に向うルートに進んでいった。マジかよ!まだ暗いのに奥様いっちゃうのかよ!ガイド攻めるな。私は明るくなるのを待った。少なくとも足元の岩がライトなしで判別できる程度に明るくならない事には行動できないと考えた。奥様方には先行してもらい、どこか安全なところで追いつく事にした。
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 0420、岩石の輪郭もはっきりしてきた。そろそろ頃合いだろう。意を決して西穂高岳へのルートに乗った。折り重なるように続く巨大岩石群。河原に横たわっている巨石よりも数倍・数十倍の大きさがある岩の上を歩いていく。勿論、その岩の左右は切れ落ちており、両側とも何百mも続くガケだ。その巨石が段々先細り形状となり、いよいよ馬の背に入った。馬の背と名付けられたこの箇所は、文字通り馬の背中を首側から尻尾側へと進んで尻尾から数m下にある岩に降りる様な形状をした難所である。左右が完全に切れおちており、最後の馬の尻尾から馬のかかとに下りる箇所の足場が見えず、見えない岩に見当をつけて脚を下ろす恐怖の場所。私にとっては7年前に通った記憶から、これまで通ってきたどの登山道よりも死の恐怖を直結させる難所中の難所だった。そんな箇所でも今回は落ち着いていたのか、尻にあたる場所に足場を見つけて確実に下りることが出来た。今回のルートで最も事故を心配していた場所。無事クリアできた事で自信を持って次の箇所へ進むことが出来た。
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 次の難所に向う間、奥様方に追いついた。彼女達は再度道を譲ってくれ、先行させてもらう事となった。ガイド・奥様共にメット・ハーネス・ロープとフル装備だ。そう言えば、岩場でのメット率が超高かったな。槍の頂上行くのにも皆メット被ってたし、大キレット通るときも皆被ってた。岩場歩きするにはメット装着が常識になったんやろうか?
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 奥様方に礼を言い、先に進む。次は岩場の直下り。傍らには長い鎖が設置してあり。ラペリングよろしく快調に下る。その後もガレ場の登り・巨岩上歩行などバリエーション豊かな難セクションを数々こなし、ジャンダルム基部へと辿り付いた。岩には「←西ホ」とだけ記載してあり、ジャンダルム頂上に至るルートが明示されていない。西穂が左なら、ジャンダルムは真直ぐ登るんやろうと判断し、ザックを降ろしジャンダルム頂上で必要な物品のみを装備してジャンダルムを直登する。最初は手がかり・足場共に見つけ易かったが、高度を上げるに従いホールドが少なくなってきた。やっぱ正規ルートじゃなかったか。それでも何とか登れそうだったので、ダイナミックなムーブを取り入れて何とか登頂。念願のジャンダルム頂上に到達した。
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 ジャンダルム頂上にはケルンが2つ・標識が2つ設置してあった。登頂記録を撮影し、いよいよ本題へ。高いほうのケルンに歩み寄り、ケルンのてっぺんに親不知から拾ってきた石を載せる。その上からお魚醤油差しで吸い取った日本海の海水を滴下。ジャンダルム頂上が日本海の海水で浸された。あぁ満足。これで今回の登山の目的は全て達成された。
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 万感の思いに浸りながらジャンダルムを後にする。ルートに関しては何の事はない、南側に正規のルートを見つけることが出来た。ガレ場を歩き、安全にザックをデポした地点に戻り、登山を続行する。あとは足元に注意して西穂高岳に辿り付くだけ。西穂高岳からロープウェイ駅まではさほど危険箇所はないだろう。あと数時間の辛抱。
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 これまで繰り返されてきたガレ場の上り下り、鎖を使った直登・直降下、巨岩上歩行をランダムに織り交ぜながら天狗・間の岳を通過。昨晩の爺さんが言っていた天狗のコルの雪渓は一応確認し、爺さんの名誉は立証された。誰もいないルートを存分に満喫し、西穂高岳が近付いた頃、この日最初の奥穂高岳へ向かう登山者とすれ違った。雰囲気の良い中年パーティであり、その中の一人から「暁の超特急!」との言葉を頂戴した。最大級の賛辞に恐れ入った。その後も断続的にすれ違う登山者が増加しだし、西穂高岳に到着するまでに何度か難所待ちをする事となった。これは日程的にも天候的にも致し方ないところ。早朝人が少ない時間帯に難所を抜けておいて良かった。
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0700、西穂高岳到達。ここまで来たら一刻も早く入浴・飛騨牛を堪能したいため、自然と脚が急ぐ。結果、ジャンダルムから休憩なしでロープウェイにしほたかぐち駅まで行ってしまった。西穂山荘も素通り。ただし、西穂山荘からロープウェイ駅までの樹林帯で、すれ違い待ちを嫌というほどさせられた。この日は本当に入山者が多かった様子。0850にロープウェイにしほたかぐち駅に到達し、遂に登山は完了した。これまで歩き続けた7日間の感慨に浸りつつ、売店に向って腹におさめる物を物色する。と、片隅にモンベル商品を扱うコーナーを見つけた。下界に下りるんやで登山靴からサンダルに履き替えたい欲求が強くなる。陳列棚でサンダルを探すが見当たらない。店員さんに尋ねるが、置いてないようですとの返答。失意に包まれ売店を後にし、搭乗口へと向った。
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 搭乗口に赴くと、まだ下り便は出ない様子。それならばと自動販売機でカルピスソーダを購入しようと財布を広げていると、係員が「臨時便発車しまーす!」と突然声を張り上げる。どう言う事や?さっき下りはまだ出んって言ってたやろ?と混乱しつつも速攻で荷物を片付け、ダッシュで下り便に飛び乗った。畜生。カルピスソーダ飲み損ねた。

 下り便は時間も早いためか人はまばら。各人思い思いに景色を楽しんでいる。車窓からは槍~穂高のスカイラインが見て取れる。歩いてきた従走路よさらば。また数年後によろしく。向かいにある笠ヶ岳・南にある焼岳・乗鞍岳も堪能しながらしらかばだいらへ。ようやく到達。完全なる下界。売店でサンダルを探すが見当たらず。外の芝生でモンベル社のスタッフがブースを広げていたので聞きに行ってもサンダルなし。失意に包まれビジターセンターの神宝の湯へ。受付の人にダメモトで聞いてみるが、無いとの事「この辺には売ってないと思いますよぉ」との追い討ちの言葉を頂戴しながら男湯へ向った。
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 神宝の湯は露天風呂のみ。洗い場を期待していたが致し方なし。お湯に浸かってストレッチしてサッパリして着替える。ザックの奥に仕舞ってあった下山時用の服に着替えて再度パッキングをし直す。これからはバス・鉄道の旅となるので、登山時のままと言う訳には行かない。
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 神宝の湯を後にし、飛騨牛串焼きの屋台へ。コレを楽しみに下山してきた。焼きあがるのに時間がかかるとの事で、念願のカルピスサイダーを購入してそのときを待つ。10分弱待った後、ついに飛騨牛串焼きが焼き上がった。やはり旨い!山で粗食に耐えてきた身としては最大級のご褒美だ。カルピスサイダーも最高だ。飛騨牛串焼きにはカルピスサイダーしか合う飲み物は存在しないだろう。
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 存分に舌鼓を打った後、新穂高へ降りるロープウェイに乗車。人生初の第1ロープウェイ乗車。何かめっちゃ小さい。上のロープウェイが2階建てで大きいから、そのギャップが半端ない。不思議な感覚に包まれつつ新穂高温泉へと降りていく。眼下を望むと、駐車場・道路にあふれんばかりの車。路上駐車の数が凄い事になっている。天気が回復した週末やから、みんな笠とか双六とか槍とか西穂に行ってるんやな。それにしても凄い車の数やった。
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 ロープウェイを下車し、新穂高バスターミナルへ向う。数年前に新築された新穂高温泉観光案内所がバスターミナル前にあり、そこで帰路のルートを決める事にした。コンシュルジュさんにバスパンフレットを貰い、ルートを計算する。事前に想定していた名古屋回りは、かなり時間がかかりそうだ。ふともう1冊のパンフレットを見てみると、金沢行きの接続が良さそうな雰囲気。しかし予約制だったため、電話する必要があった。早速電話をかけてみると、直近の便は満席との事。次の1630発の便は空席があったので、それを予約することにした。

 しかし困った。16時までまだ5時間もある。こんな辺鄙なところでそれだけの時間を浪費するのは厳しい。里心が付いた現在、一刻も早く帰宅したい。再度バスパンフレットを眺め、何か言い策はないか練る。。。見つけた。富山便だ。富山便は路線バスであり、予約は不要らしい。接続も悪くなく、1405には富山に到着できると。よし。コレだ。そうと決まったら金沢便の予約を取り消し、富山へ向う算段を確認する。1100新穂高から平湯に移動し、1140富山行きのバスに乗る。心に余裕が生まれ、バス出発までバスターミナル近辺を散策する。横の建物に北アルプス事故地図が置いてあり、遭難に関する情報が細かに記されていた。水上氏山田氏への土産として頂戴し、自宅職場への土産は平湯バスターミナルで購入する事とした。

1100、平湯行きのバスが到着。乗車したのは2名のみ。涼しい車内でゆっくり寛いで平湯バスターミナルへ。ここは信じられないくらい人でごった返していた。上高地行き・新穂高行き・松本行き・高山行き全てのバスが満席状態。それ以外にも観光バスや自家用車が引っ切り無しに出入りしている為、渋滞も大変な有様。平湯がこんなに混んでいるの初めて見た。本当はここのレストランで飛騨牛ステーキ丼を食べたかったのだが、客が多いのと時間がなかったので断念。お土産を購入した際にチップスターとじゃがりこを購入し、昼食とした。

 時間になっても富山行きのバスは来ない。少々焦りを感じていると、アテンダントさんが「富山行きのお客様いらっしゃいませんか~!」と大声で探している。どうやらバスが詰ってしまい、バスレーンに入れない状況だったらしい。声かけに応答し、無事富山行きのバスに乗車することができた。客は私一人。ちょっと拍子抜けしてしまったが、ここから2時間半のバスの旅を満喫する事にした。

 バスは国道471号線に入り、富山方面へ向う。天候は果てしなく良く、車内はクーラーが効いているとは言え汗ばむ。じゃがりこをかじり、チップスターを頬張りながら神岡村へ。ここで時間調整停車し、もう一人のお客さんが乗車してきた。3人を乗せたバスは富山市街へ。何故か眠たくない。これだけ疲労しているのに、バスの中で一睡もできなかった。神岡で乗車した男性が富山空港で下車する姿を見送り、一路富山駅へ。富山駅前で降ろしてくれるのかと思ったら、離れた交差点で降ろされた。灼熱の市街地を歩く苦痛。北アルプスが早速恋しい。改装中の富山駅に何とか入り込み、福井行きの切符を購入。丁度時間良く来る様子。売店でパンを2周類購入し、改札を抜ける。が、改装中だけあって目的のホームが遠い。思いのほか遠い。焦る。ここに来てサンダーバードを乗り過ごす事は絶対に避けたかった。最後はコンコースも階段もダッシュで走って何とか乗車。今回の旅で一番疲れたかもしんない。

 このサンダーバードは富山→高岡→金沢→加賀温泉→福井と進む列車。停車駅が多いが仕方ないだろう。周囲は乗客が少なく、余裕を持って座ることが出来た。リクライニングも倒し放題。しかし、やはり一向に眠気は訪れず、車内で眠る事はできなかった。神経が高ぶっていたのだろうか?車両は順調に高岡→金沢を過ぎ、北陸新幹線白山車両基地横を通り過ぎた。凄ぇ。保線関係車両が前部ウニモグや。全部で20台くらいある。こんなにウニモグいらんやろ。つーかウニモグじゃなくてもいいやろ。

 加賀温泉駅をすぎ、福井駅が近付いてきた。手前の北陸新幹線工事現場でもウニモグを発見し一人興奮。1530、福井駅着。見慣れた景色。ホームを出てえちぜん鉄道へ。ちゅーかクッソ暑い。勝山行きはちょっと時間が空いている様であり、待合室で時間を潰す。そこは中高生の巣窟となっており、中年親爺は落ち着かない。ちゅーか中高生恐ぇ。時間となり、勝山行きの列車に乗車。中途半端に席が埋まっており、ザック持参の私は車両隅っこで立ちっぱ。何故か乗車中、丸坊主姿の兄ちゃん2名とバシバシ目が合う。恐いよ丸坊主。

 九頭竜川沿いを走るようになり、郷里の景色となった。小舟渡を過ぎ、保田で停車した後、発坂へ(凄ェ、九頭竜川も小舟渡も発坂も一発で変換できた!)。切符を運転士に手渡し下車。蝉時雨に包まれ荒鹿橋を渡って自宅へ。田園地帯の向こうに白山を望んだ時、無事帰ってきたことを実感した。遠くに見える白山にもたま今度登りに行こう。そう思いながら今回の山旅は幕を閉じた。
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sea to summit2014 DAY6
2014-08-14 Thu 09:03
 いよいよ槍穂に挑む核心の日。いつも通り0300に起床し、朝食を頬張りつつ小屋を後にした。今回、小屋の弁当はおにぎりではなく幕の内弁当だったので、朝食はカロリーメイト。小屋弁当は槍ヶ岳山荘で食べる事とした。双六山荘を出ると、辺りは霧に包まれて視界は悪い。西鎌尾根方面のルートが分かり辛かったが、しばらく彷徨って何とかルートを確認。出発は0430にずれ込んでしまった。

 先ずは樅沢岳への登り。急登はなく、一定の斜度を淡々と登る。しかし、胃が痛くなかなかペースが上らない。飴をなめたりしながら騙し騙し進むが、症状は一向に改善されない。入山時に用意し、船窪小屋以降食事毎に服用していた胃腸薬も今日の朝食摂取時に使い切ってしまった。こうなったら双六小屋の富山大学診療所に戻るか、槍ヶ岳山荘の東京慈恵医大診療所に進むかの2択だ。苦しみながらも30分程度で樅沢岳に到達。想定タイムよりは遅いが、何とか槍ヶ岳山荘までは行けそうだ。意を決して前進する。しかし、硫黄乗越を過ぎた辺りから確実にペースが落ちた。体温も上らんし、心拍も上らない。風が冷たいエリアだが、岩陰に身を隠して小屋弁当を摂取する事にした。相変わらず食欲はなく、遅々として箸は進まないが、無理矢理弁当を押し込んで何とか完食。これで槍ヶ岳山荘まではもつだろう。
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 西鎌尾根の岩稜帯をすすむうち、時折石がネットで覆われた形でルートが整備されている地点に到達した。この様に手の込んだルート整備は、小屋が近いことを意味していると考え、俄然ペースが戻った。こうして0700、槍ヶ岳山荘到着。これで何とか生き永らえたと言うのが正直な感想。山荘入口でザックを降ろし、ネクターを購入。自宅に電話を入れ、職場の同僚にメールを送る。まだ時間が早い事もあり、天候も今ひとつなので槍ヶ岳に登頂する気にならない。ならばと山荘隣にある東京慈恵医大診療所に向う。時間は早いが診察してくれるというのでお邪魔する。中にいたのは油井先生だった。昨年のTVドキュメンタリーで取り上げられていた山岳診療医。毎年お疲れ様です。問診から入り、体温測定・SpO2測定・腹部触診とすすむ。BTは37.1℃!?マジで?行動中も体温が上らんで寒気を覚えていたのに微熱!?そう言えば昨日の双六山荘でクシャミが続いたな。軽く風邪引いてたんやろか。SpO2は84%。おぉっ!コレは低い。触診は特に著変なしとの事。油井先生曰く、長期登山による体力の消耗と、食生活の乱れ・栄養不足が原因ではないかと。胃腸薬(ガスター・ビオフェルミン)を処方するけど、これからのルート(大キレット・ジャンダルム等)を考えると無理は出来ないので、良く考えて行動する事。との説明を受け、無事胃腸薬を受け取ることができた。腹部症状さえ落ち着けば行動継続できるはず。

 診療所を後にし、ザックの置いてあるベンチに戻る。次第に雲が晴れてきた。部分的に青空が広がる。丁度登頂者も少ないようだ。タイミングよく天候が回復してきたので、7年振りとなる槍の穂先に取り付いた。ルートは明確に整備されており、登り・下りも分離されている事から、スイスイ進むことができる。ストレス感じる事無く頂上直下の梯子場までたどり着き、先行の方が初槍ヶ岳だとの事からユックリ登ってもらい、しばし間を置いて槍ヶ岳の頂に立った。周囲には10名強の登頂者。ブロッケン現象にはしゃいでいる人や、頂上の祠で記念撮影に励む人など思い思いに槍ヶ岳の頂上を満喫していた。取り急ぎ祠で登頂の写真を撮り、下山にかかる。しかし、下山の梯子場には5~6名のパーティがおり、下山に手こずっていた。岩場に慣れていない様子であり、無理を言っても仕方ない状況だったので、大人しく後について下っていった。ところが、鎖場周辺で後から来たトレイルランナー風おっさんがルートを外れて強引に先行しだした。頭使えよ。自分が危険にさらされるだけじゃなくって、不用意な落石で下にいる人殺すかもしれんやろ。おっさんの行動見た鎖場の人が焦って転落してまうかもしれんやろ。確かに遅いかもしれんけど、皆慌てんと待ってるんや。脳味噌足りん行動とるなや。
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 無事に槍の肩に戻り、前を歩いていたパーティの人達がハイタッチしている横をすり抜けるつもりがドサクサに紛れて一緒にハイタッチしまくった後、再びザックを背負って南に足を向けた。ここからは大喰岳~中岳~南岳に至る岩稜帯。さほどアップダウンは大きくないが、岩場・ゴーロ帯と足場は悪く、リズムが掴みにくいルート。南岳からは大キレット地帯となり、北アルプスでも根強い人気の難所。大キレットを越えると北穂高岳~涸沢岳を経て今回登山の最終アタックキャンプとなる穂高岳山荘。しかし、大キレット・涸沢岳は難所かつ大人気ルートであることから、大渋滞が懸念された。今朝の槍登頂往復を見ても、岩場での渋滞ッぷりは半端じゃない事を思い知らされた。併せて小屋で得た情報によれば、昨日天気が悪かった事で大キレット・穂高縦走を目指す人が数多く山小屋で停滞していたらしい。天候が回復した今日、その人々が大挙してルートに入っている事が懸念された。
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 そうと分かったらゆっくりしていられない。南岳小屋を目指して登行を急いだ。回復した天候も中岳を過ぎると再びガスに包まれ、視界は100m程度に。暖かい日差しがさえぎられ、寒気を覚えると同時に胃痛・下腹部痛が再びブリ返した。悶絶しつつも0930に南岳小屋に到着し、一息つく。何か米類を腹に入れたかったが、まだ軽食営業時間にはなっていなかったため、カップヌードルを注文して大キレットに備える。虎の子のガスター・ビオフェルミンをここで服用し、今日一番の勝負所を攻める準備は整った。
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 南岳小屋を出、大キレットに向けて高度を下げる。先行していた3人パーティがいたが、ルートを誤ったらしく出戻ってきた。その姿を横目に見つつ岩場を下る。不帰キレットの時と同じような風景。デジャヴか。しかし、有り難い事に不帰キレットと同じように先行者は少なかった。難所渋滞を心配していたのだが、天候が回復しなかった事から回避した登山者が多かったのだろうか。不帰キレットの時と同じようにリズム良く岩場をクリアしていく。
A沢のコルを眼下に望むようになった頃、本格的に天候が回復し、快晴状態となった。天は我に味方した。気温も上昇し、防寒具を脱いで衣類調整する。胃腸の調子も回復し、足腰も万全に動く。何の杞憂もなく大キレットを歩ける幸運に感謝し、北穂高小屋を目指した。
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 急峻な岩のアップダウンをこなし、北穂高小屋直下へ。いつも思うことだが、最後のこの登りが嫌らしい。大キレットを超えてきてハードな直登。息を切らしながらこの難所をクリアし、1200北穂高小屋に到達。これで今日の山場はクリアした。小屋でゆっくり休息しよう。小屋前のベンチにザックダウンし、売店でなっちゃんを購入。軽食コーナーでパスタを注文。南岳小屋では米類を所望していたが、体力の消耗により食欲は減退し米は無理。ラーメンなど味が濃いものも無理。あっさりしたパスタに決めた。ベンチに座りつつなっちゃんをチビリチビリやってパスタの仕上がりを待つ。程無くパスタが手元に届き、歓喜の昼食。北穂高小屋のベンチは展望が抜群だ。槍~穂は南北に一望できるし、常念~蝶の山筋も美しい。遠く表銀座も目に取れる。快晴の北アルプスを愛でながら食べるパスタ。最高に旨かった。しかし、胃腸の不調は隠せず、30分かけても半分しか食べる事ができず、泣く泣く返却する事とした。山で食べ残すなんて最悪やのに。今回の登山で一番悔いが残る場面だった。

 食欲は落ちていたが、胃痛はガスターによって抑えられていた。体調が崩れる前に穂高岳山荘に到着せねば。1230に北穂高小屋を出発し、涸沢岳を目指す。北穂のテント場に至る道の前では、山荘スタッフが雪渓にチェーンソーを入れてステップ造りに励んでいた。暑い中お疲れ様です。ここから先のルートもさほど混雑しておらず、自分のペースで最低コル~涸沢岳へと進むことが出来た。そして穂高岳山荘へ。既に頭の中でTOP GUN ANTHEMが流れるほど達成感を感じた。勿論、最終日である明日の奥穂~西穂が今回の山行のハイライトとも言える最大難度の危険地帯であることは間違いないのだが、6日間かけてここまで来れた事。最高の天気に恵まれながら大キレットなどの難所をクリアできた事。あと半日で9年前叶えることが出来なかった念願を果たすことが出来る事など、既に感無量に浸る要件は揃っていた。
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 穂高岳山荘は多くの登山者で賑わっていた。受付待ちがあったため、コークを購入して順番を待つ。他の人たちはラーメンやカレーを注文したり、ビールを何杯も空けて盛り上がったりしている。いい雰囲気だ。皆が山を楽しんでいる。自然と顔がほころんだ。受付を済ませ、部屋に向う。立山と言う2階にある西向きの部屋。定員は20名程だろうか。既に7名のパーティがおり、私が入室した直後に隣に2名のパーティが入室してきた。部屋に到着してからは即座に荷物をまとめ、就寝準備と明日に向けた準備を終えた。布団に寝転がっていると、後から入ってきた2名のパーティが話しかけてきた。聞けば定年を迎えた親爺さんと40代の後輩さんらしかった。彼らは前日の涸沢までの行程を面白おかしく聞かせてくれ、こちらの登山行程にも興味を示した。一しきり話した後、2人はビールを飲みに階下へ赴いた。私は大相撲をラジオで聞きながらしばし横になる。

 ふと、下山後の行程が気になった。双六山荘では受付にバスのダイヤが書いてあり、色々と参考になった。穂高岳山荘も大きな山荘だから各種パンフレットなど取り揃えてあるだろうと思い、受付周辺へ向う。しかし、談話室に登山書籍は豊富にあったが、パンフレットなどはさほど陳列してなかった。チト困ったな…と思っていたとき、ソファの向こうから「おい、親不知!」と大声で呼ばれた。先程部屋で話していた定年親爺さんだ。隣に座って話を続ける。既に親爺さんはホロ酔いだ。しかし、元々人が好いのか、語り口様が優しい。仕事の話になっても「営業は愛だよ愛!」と熱く語り、コチラの仕事の話にも熱心に聞き入ってくれた。話を進めるうち、お2人は医療関係の営業さんらしいことが分かった。職場でMRさん(製薬会社の営業さん)の大変さを目の当たりにしている自分としては、医療系の営業さんの大変さは身に沁みて分かる。お2人は北陸エリアへも脚を運ばれていたようで、各地の病院・大学でのエピソードを聞かせてくれた。

 夕飯の時間になった。もう既に肉料理は諦めていたが、やはり魚料理だった。。。テーブルの片隅に座ると、はす向のお爺さんが話しかけてくる。定番の入山はどこ・行程はどこ話。親不知から入って6日目と伝えると目をひん剥いて質問を連発してきた。素直に答えると、「双六から穂高小屋?ありえん!そんなん登山じゃない!」と何故か怒られた様な気がしないでもないが、明日以降の奥穂~西穂ルートについて詳細にアドバイスをくれた。ただ、このお爺さんも酔っ払っていた可能性が高く、「天狗のコルで進退を決めるべき」を連呼していた。爺さん曰く、とにかく逃げるのなら天狗のコル以外にエスケープルートはなく、もしビバークするにしても雪渓が残っているはずだから天狗のコルで一晩を明かせ、無理はするなと同じ話を何度も聞かせてくれた。食欲が落ちたため食事時間が長くなってしまった私にとっては爺さんから逃げる術はなく、為されるがまま爺さんの話に相槌を打ち、何故か同じパーティのメンバーが部屋に戻った後も私に付き合うように一人残ってくれた爺さんと美味しい夕食を食べ続けるのだった。
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 夕食を食べ終え爺さんから解放された後、部屋に戻って営業パーティさんたちと夕日を楽しむ。部屋の中から写真を撮ったりして明日の好天を祈る。すると、営業パーティさんたちと共に反対側にいた中高年パーティの人たちも明日の好天を約束してくれ、私を激励してくれた。やはり多くの登山者にとって奥穂高岳~西穂高岳のルートは大いなる憧れなのだろう。一般ルートとしては国内屈指の難易度を誇り、入山者も少ない。エスケープルートも限られる。小屋などの緊急避難設備が皆無である点など、人を寄せ付けない要素に事欠かない。私自身、7年前にFみと共に槍~穂縦走2泊3日でトライした時、初めて足を踏み入れた。あの時は南岳小屋を出発して夕方西穂高小屋にテント泊した。馬の背の切れ落ち感が半端なかった事と、足場が脆く、常時落石に注意を払う必要があったことを強烈に覚えている。ジャンダルムに登るルートを見落とし、スルーしてしまったのも心残りだった。いよいよ明日、それらの思いをすべてぶつけるべく難ルートに挑む。
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sea to summit2014 DAY5
2014-08-13 Wed 08:34
 起床は予定通り0330。無常にも雨の音。玄関先で遭対協の隊員さんが佇んでいたので、しばし話を。予報では回復しそうだが、今ひとつ雨脚が弱まる気配を感じない。野口五郎岳方面は吹きっさらし地帯が延々と続くので、明るくなってからのほうが無難。結局、昨夜懸念された不安が的中してしまう結果となった。部屋に戻り、用意してもらっていたおにぎりを食べて時間が経つのを待つ。他の登山者達もボチボチ起床し、準備に取り掛かっている。気の早い人たちは、0500前には出発している。高瀬ダムに向って下山するだけの人だろう。下界が恋しい。

 小屋の人たちの朝食が終わり、いよいよ皆が出発に取り掛かる時間となった。同室だった滋賀・松本の親爺さんたちも合羽を着込んで玄関に向う。一時は停滞も頭をよぎったが、昨晩親爺さんたちに励まされた事を思い出し、雨中行動する事を決断した。自分も速攻で合羽を身に付け、ザック類も雨中行動対策を施し、玄関へ向う。遭対協の隊員さんも笑顔で送り出してくれる。小屋の親爺さんからも一声貰った。よし。行こう。松本の親爺さんと別れを惜しみ、ただ一人野口五郎岳方面へと足を踏み入れた。
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 烏帽子小屋を出て暫くは樹林帯。雨風を感じるが、さほど苦に感じることはなかった。しかし、その後、稜線に出ると様相は一変。天狗山荘出発時に匹敵する暴風雨。今回は暴風だけでなく大粒の雨も伴っているため、苦痛は倍以上。その上、ザックカバーを装着している事から、ザックカバーが飛ばされる心配も大きかった。何故なら、ザックカバーを固定するためのバンド(ザックの背面を通して固定する物)が届かず、サイドポケット近辺の紐に緊急避難的に巻きつけただけだったのだ。これでは、強風が吹き込んできたら一たまりも無く吹き飛ばされてしまうだろう。よって、行動中は常に風上側に余裕を持たせた配置になるよう気を配らなければならなかった。

 幾つかピークを越えた。正直、ガスと強風と大雨により、現在地の把握は困難だった。いつ三ツ岳を過ぎたのか分からないし、野口五郎小屋に近付いているのかどうかも分からなかった。消化器系・膝を含めて体調は悪い。天候も悪いため、自分がどの程度のペースで歩けているのかサッパリ見当が付かなかった。しかし、何の前触れも無く道端に「400m」と書いた石が置いてあることに気付いた。何が400m?三ツ岳山頂?野口五郎小屋?野口五郎岳?三ツ岳山頂やったら軽く死ねる。想定45分のところを1時間半近くかけて到達するなぞ考えたくもない。野口五郎小屋やったら嬉しいけど、ちょっとペース速すぎやろ。野口五郎岳は更にないな。と考えつつ、300m、200m、100mと近付き、目の前に小屋が現れた。歓喜の咆哮を上げながら入口に回りこみ、小屋にお邪魔させてもらった。
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 野口五郎小屋に入ると、番台にスタッフと食堂に数名のお客さんが佇んでいた。冷ややかな視線を感じたので、土間の片隅で一寸だけ休憩させてくださいとお願いし、カロリーメイトを食べる。何か誰も話しせんし、非常に雰囲気が重たかった。招かざる客を痛感したので、5分とたたずにザックを背負い、小屋を後にした。

 心で泣きながら野口五郎岳へ登る。途中、ルートが分からなくなり周囲を徘徊したが、5分程度でルートに復帰し、事なきを得た。そして知らぬ間に下り斜面へ。知らん間に野口五郎岳を通過していたらしい。この悪天候に引き返す気力もなく下りに進む。ここで雨中行動嫌いの性格が為せる業か、速歩から走りに変わった。基本、山の中では走れないのだが、あまりの悪天候と雨中行動のストレスからNT-Dが発動し、野口五郎岳の下りを目一杯走った。今回の山行で走ったのはこの箇所だけ。よっぽど早く行動を終えたい衝動に駆られていた証左だろう。

 雨風とも治まる気配の無い中、水晶小屋に到着した。古びた外観の小屋だったが、中に入ると小奇麗に整備されており、土間の雰囲気も明るかった。番台にいたスタッフにカップヌードルを注文し、一息つくことにした。傍にいた兄ちゃんに声をかけられ、喰いながら話す。前日は雲の平で泊まったらしく、景色は最高だったとの事。羨ましい。私もいつかは雲の平に行ってみたいものだ。北アルプス奥部に位置していることもあり、なかなか足を踏み入れる機会がない。2泊3日くらいでじっくり歩きたいエリアだ。
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 さわやか兄ちゃんと互いの健闘を祈りあい、店員さんと手拭い・Tシャツデザインの良さを語りつつ水晶小屋を後にした。非常に雰囲気の良い小屋。また今度宿泊しに来たい。水晶小屋を後にすると、いよいよ鷲羽岳へ。この日一番の登りだ。集中を切らさず只脚を進める。幸いカップヌードル摂取後の吐気はなく、無事エネルギー変換が成されているよう。体が調子を保っている間に登れるだけ登らねば。
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 何の感慨もなく鷲羽岳登頂。本来であれば、裏銀座・雲の平とその周辺の山々・薬師岳・槍穂連峰・表銀座の山々が一望できる秀峰なのだが、当然の如く視界は50m程度。お陰で未練なく下山の途につけたが。リズムよく下り、11時には三俣山荘に到着することが出来た。天候・体調が悪すぎた場合、最悪ここで行動終了も覚悟していたが、午前中に到達できた事を喜んだ。スカイレストランに上がり、食事をする事に。しかし、カップヌードルを食べてから間がなかった為、さほど腹は減っていない。仕方なくホットカルピスを注文する事にした。が、これが曲者。なぜか注文してから提供されるのに20分も要してしまい、貴重な時間を浪費した。こんなんやったら注文せんとスルーしてたのに。客もさほど多くなかったのに、全く以って想定外のタイムロスだった。
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 速攻でホットカルピスを飲み干し、ザックを背負って双六方面へ。こんな悪天候なのに思いのほか登山者は多い。所々で渋滞に巻き込まれる事態となった。これも大いなる想定外。こんな所で渋滞が発生するとは。仕方なく最後尾を大人しく付き歩き、双六山荘へと向った。
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 三俣山荘以降のタイムロスにより、本日中の槍ヶ岳山荘到達は困難となった。無理をすれば行けるのかもしれないが、西鎌尾根を3時間半登る事を考えると正直厳しい。天候・体調共に優れない今、このチャレンジは無謀と言える。大人しく双六小屋に宿泊し、今日も鋭気を養う必要がある。そう決まると気は楽なもので、歩くスピードも自然とゆっくりになった。

 こうして13時、双六小屋到着。今まで泊まってきた山小屋とはスケールが違い、各施設も充実した山荘だった。宿泊手続き前に合羽を干し、次いで手続きを済ませる。部屋に案内され、着替えを用意し乾燥室へ。着替えスペースも用意してあり、快適な環境で暖かい衣類に着替えることが出来た。その後、牛丼を注文して昼食に。胃痛・下腹部痛は残る物の、何か腹に詰めておかねば。時間をかけて完食し、部屋へ戻る。5人部屋だが私しか案内されていない。2段寝床の下に布団を敷き、横になる。登山をしに来ているのに午睡できるこの贅沢。堪りませんな。こんな至福のひとときがあっただろうか。いや、ない。
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 夕方になり、食事前、乾燥室に行ってみる。濡れ果てた衣類はあらかた乾いていた。恐るべき大型乾燥機。靴下や手袋は湿気を帯びていたので翌朝取り込むこととし、乾いた衣類を再度身に付け夕食へ。この日のメニューも魚メイン。健康的ですな。相変わらず食欲はないが無理に詰め込む。吐気をもよおすが気にしない。時折、前に座る白人男性が話しかけてくる。お互いの登山行程を話すと、コチラの行程に興味を持ったようだった。同行しているであろう女性2人も加わり、山談義に花が咲いた。この日は暖かいお茶はお変わりした物の、ついに御飯・味噌汁をお代わりすることはできなかった。

 夕食を終え、歯磨き雪隠へ。一通り所用を終えた後、受付周辺の各種パンフレットなどに目を通す。幸運にも高速バスのパンフレットがあり、下山後の交通手段を調べる事にした。恐らく明日は穂高岳山荘まで。下山するのは明後日の土曜日になりそう。0400に穂高岳山荘を出発するとして、ロープウェイにしほたかぐちに到着するのは10時半前後。そっから新穂高に降りて風呂入って昼飯喰って…バス乗るのは12時頃やな。新穂高からバスん乗って高山行って。そっからバスで名古屋行くか。時間かかるけど名古屋からしらさぎ乗って帰ったらいいやろ。大まかな時間を確認し、自宅までのルートを確定した。
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 結局、私が宿泊する部屋にはもう1人入室があったのみで、5人部屋を2人で使用することとなった。彼は若いトレイルランナーと言った風体で、新穂高から双六まで上ってきたと。天候が悪いのに頑張る人だ。明日は近場を回ると言っていたが、天候が悪いので躊躇しているらしい。そりゃそうだろう。山は天気が良くてなんぼ。風景が楽しめない登山なんて苦行以外の何物でもない。互いに明日以降の安全を祈りつつ、この日は就寝した。
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sea to summit2014 DAY4
2014-08-12 Tue 07:15
 早くも4日目。前日は睡眠不足だったため、早く寝付けるかと思ったが、眠りについたのは21時前後。普段と変わらんやんけ。そして4日目の起床は0230。計画通り。用意してあったザック・身につける道具などを手に取り、小屋を後にする。この日の朝食は入山前に購入したおにぎり×2。これを喰いながら4日目最初のピーク、鳴沢岳を目指す。辺りは漆黒の闇に包まれており、月明かりも見えない。眼下に扇沢の街灯が見えるものの、その数はまばら。自らのヘッドライトの明かりだけが光の源となっていた。
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 やや風は強いものの、昨日に比べれば快適そのもの。特に苦戦する事無く鳴沢岳 - 赤沢岳に到達した。空も完全に明るくなり、周囲の山々も手近に見て取れた。後立山に弧を描く爺ヶ岳 - 蓮華岳の稜線からの見晴らしは壮絶の一言であり、北は白馬連峰・南は槍穂が見渡せ、横には剣立山と山好きには恍惚の空間。御飯3杯はいける景色。あまりの見晴らしの良さに、疲労を感じる事無くスバリ岳 - 針ノ木岳と連続頭頂。眼下の針ノ木小屋へと向った。
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 針ノ木小屋到着は0530。丁度多くのパーティが出発準備を進めており、小屋前はごった返していた。とりあえず隅っこにザックを下ろし小屋の中へ。炭酸を所望していたのでコーラを探すが、補充切れの様子。仕方ないのでネクターを購入し、トイレで用を済まし小屋を後にした。
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 ここからは蓮華岳への登り。蓮華岳からは蓮華の大下りと呼ばれる一気下りがあることから、登り斜面も相当なものだろうと戦々恐々していたが、斜度はさほど急でなく歩きやすい道。そして何より蓮華岳の美しい山容!基本森林限界を超え石に囲まれたゴーロ帯なのだが、白っぽい石が重なり合った奇麗な山肌であり、山を形どる曲線も女性的で滑らかな山容。そして点在するコマクサ。美しい!美しすぎる!!。こんなに青空が映える山が他に存在するだろうか!!!興奮に包まれつつ蓮華岳山頂に到達し、蓮華の大下りに入る。楽しい。美しい斜面を歩くのはこんなにも愉しいものだろうか。久し振りに山で新鮮な気持ちに立ち返ることが出来た。蓮華岳は次の機会に時間をかけて登ってみたいと思わせる山だった。
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 ハイパー蓮華タイムを終え、登り返しが始まる。相当標高を落としたので、周囲の植生は樹林帯へと変化した。暑さが篭り、景色が見わたせない環境。正直好みではない。更に追い討ちをかけるようにこの先の従走路が目に入る。樹林帯の細かなアップダウン。細かなと言っても里山クラスのアップダウンではなく、北アルプスのスケールを痛感させられるアップダウン。これから先の行程が思いやられる。
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0900、船窪山荘到着。予定では、時間が遅かったら本日の行動はここまで。ここから先の烏帽子小屋までは想定で5時間と遠い。途中、エスケープルートもなく、登山道の崩壊も激しいことから無理は出来ないエリア。キレットやジャンダルムとは違った質で危険度の高い登山コースと言える。当然、入山する登山者も少なく、何かあったら即生命の危機に直結するような場所だ。しかし、今回は順調に行程をこなす事が出来ていたので、烏帽子小屋までは問題なく行けそう。あわよくば野口五郎小屋まで進んでおきたい。

 時間を気にしながらも、ラーメンを注文する。小屋の人にカレーもありますよと言われたが、やや消耗を感じる身体にカレーは重すぎると判断し、ラーメンを選択した。船窪小屋の人たちは心温かい。小屋から登山者が見えると鐘を鳴らし登山者に知らせ、小屋を出て行く人に対しても鐘を鳴らして別れを惜しむ。提供されたラーメンも他の山小屋とは違っていた。野菜がふんだんに盛り付けられた野菜ラーメン。山の中でこの様な大量の野菜を食べられるとは思ってもいなかった。栄養不足の身体にはこれほどありがたい食べ物はない。
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0930、船窪小屋を後にし、烏帽子岳までの長く険しいルートに脚を踏み入れる。小屋から見ても烏帽子岳に至るアップダウンは強烈であり、烏帽子岳そのものも遠い。野口五郎岳に至ってはそのまた奥の奥だ。ただ、先々を見て悲観するのは正しくない。目の前のピークを越えていく事に集中し続ければ道は自ずと開かれる。前回のsea to summitではそれができなかった。目の前に聳え立つ朝日岳・雪倉岳を見て絶望しただけだった。しかし、今回は違う。これまで遠く霞んで見えた峰々を踏破してきた。今日もそれが出来る筈。阻むのは己の弱い心。気持ちで負けるな。

 船窪小屋からしばらく進むと幕営地が姿を見せた。と、そこかしこにニホンザルがたむろしている。そう言えば昨日も冷池山荘の近辺にニホンザルが群生していたな。テントの人大丈夫やろか。夜中にサルがテントを襲いに来んのやろか。等とテント泊に対する不安が頭をよぎった。

 景色もさほど望めない樹林帯を下って下って下って下って…登って登って登って登って…を繰り返す。時に片側時に両側がスッパリ切れ落ちた道ともいえない登山道を進み(リポビタンDのCMに出てきそうやな)と思ったり、足元ザラザラの砂礫地帯の急登でロープにつかまりながら(大正製薬の人もここ通った事あるんやろか)などと不毛の限りを尽くした思考に囚われながら脚を進めた。そのうち、体が異変を感じ始めた。空腹を覚えるが同時に吐気と下腹痛を伴うのだ。これまで吐気単独・腹痛単独は発症したことがあるが、併発する事は無かった。エネルギー不足は明白なので、新越山荘で貰ったおにぎりを食して体力の回復を図る。しかし、吐気をもよおし食が進まない。完全に疲労によるダメージが消化器系にまわってきた形だ。それでも何とかおにぎりを押し込み、烏帽子岳を目指す。もはや足取りはフラフラであり、野口五郎小屋は望むべくもなかった。
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1400、死相を浮かべながら烏帽子岳に到達し、速攻下山。烏帽子小屋に向う。この日は消化器系に影響が出たが、遂に脚にもトラブルが発生した。左膝の腸頸靭帯を痛めてしまったのだ。いつも疲労が蓄積すると故障する箇所だったのだが、今回このタイミングで痛めるとは、あまりにも間が悪すぎた。それでも何とか烏帽子小屋には到達できたが、明日以降の行程にも影響を及ぼす故障。登山の継続も含めて一考する必要があった。

1500、烏帽子小屋到着。思いの他年季が入っている。ザ・山小屋と言った風体。疲労の余り軒先で腰掛けていたが、小屋の兄ちゃんが「ユックリでいいですよ」と言ってくれたので甘える事にした。この日の宿泊は…小屋泊。テント泊と迷ったが、天気予報で夕立が懸念されていた事と、膝・消化器を含めたコンディションの回復を優先させる事にしたのだ。宿泊手続きを終え、部屋に案内される。今晩は4人部屋。昨日と同じように泊まりの装備に切り替え、パッキングをし直し小物の整理を済ませて仮眠をとることにした。
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 同室の親爺さんたちは高瀬ダムから入ったらしい。一人は滋賀の方で、もう一方は松本の方。奥のもう一人は会話に加わらなかったので不明。3人で話をしていると、船窪 - 烏帽子間の登山道について盛り上がった。やはりあそこの危険度は半端じゃないと。何年か前に滑落した人がいたとか、目の前でズリ落ちそうになった人がいたとか、強烈な話を沢山きかせてもらった。それ以外にも、このお二方は経験豊富で、各地の山々の色んなエピソードを教えてくれた。特に松本の親爺さんは天候気持ち次第で北アルプスを歩き放題という事で、羨望至極だった。

 話が盛り上がる中、夕食タイムとなった。前日同様、魚メインで残念だったが、おいしく完食。しかし、食べ切るのに1時間前後要してしまい、消化器系の回復は望めなくなってしまった。食べ終わった後もしばらく吐気を堪える始末。そんな中、同テーブルの人達と談笑することで気を紛らわす事が出来た。隣の親爺さんは立山から入り、昨日は高天ヶ原温泉に入浴したと言う。何と言うロングルート。室堂からの様々な出来事を面白おかしく聞きながら、何とか夕食を終えることが出来た。その後部屋に戻り、床に就く。しばらくすると、外から雨音が。予報が当たったか。テント泊にせんで良かった。でも、明日登山道に水溜りがあるのは困るな。既にトレランシューズ破れまくってるし。

 19時前、TVで天気予報を見るために食堂へ。明日は晴時々曇と。何とかもちそうやけど、夕立の危険もあり。油断ならんな。明日は槍ヶ岳山荘まで行きたいし。烏帽子小屋を出たら、森林限界を超えて吹きっさらしのゴーロ地帯やからな。天候崩れたら最悪停滞やろ。などと考えながら歯磨きへ。今回驚いたのだが、山小屋で歯磨きはもはや常識な様子。自分が学生だった頃は、洗顔歯磨きなどご法度だったと思うが。時の流れとは速いものだ。
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 歯磨きを終え、ようやく就寝。烏帽子小屋は年季物だけあって建てつけはそれなり。隙間風などもあり、布団を被っていてもやや寒く感じることがあった。それでも用意してきた衣類を着込めば問題なし。テントでは満喫できない布団での寝心地を満喫しつつ眠りに就いた。
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sea to summit2014 DAY3
2014-08-11 Mon 06:48
 3日目の朝は急に襲いかかってきた。いや、厳密に言えばまだ3日目にはなっていなかった。2日目の晩、21時頃に睡眠に入り、23時過ぎに暴風により文字通り叩き起こされたのだ。思い出される比良山系での夜。あの時も夜中に強風でテントが潰される勢いとなり、緊急撤収中に無常にもポールが破断したのだった。今晩も同程度かそれ以上の強風であり、風向が一定せず、四方八方からテントを変形させる強風が吹きつける様には緊張を強いられた。ヘッドランを点灯し、不測の事態に備える。

 0時過ぎ、風が衰える気配が無いので、一応、安全確認をと考え外に出る。そこには無常な光景が。フライシートがペグ1本に辛うじて支えられながら、暴風にはためいている。あっぶね。もう少し外出るの遅れてたら完全に飛ばされてたわ。風による体温の低下も洒落にならないので、速攻でフライを再装着し、ペグを打ち直し。テント本体のペグもしっかりベタ打ちしてテント内に引っ込んだ。

 しかし、その後も風が衰える気配が無い。他のテント住人も定期的にテント確認作業に起きてきている。夜はまだ明けない。今回の山行の事を考えれば、できれば睡眠をとりたい。行動時間の長さ・標高の高さ・運動による体力の消耗…何れをとっても身体に対する負荷の大きさが半端じゃない。十分な休息は長期登山の鉄則だ。しかし、安眠を確保できない今、TJARの様に夜間行動をとって行程を進めるのも一つの方法と言える。しかし、ここから先の行程は難所といわれる不帰キレット。平穏な昼間に通るにも細心の注意と万全のコンディションが要求される急峻な岩峰の数々。事故が多く発生している箇所でもあり、この様なコンディションで夜間行動するのは自殺行為に等しい。。。思い悩みつつ、テント内で天候の回復を願った。

 0200、天候の回復が期待できなくなり、夜明け時間も徐々に近付いてきた事から、撤収作業に取り掛かった。この時の撤収は迅速であり、比良山系での緊急撤収の経験が大いに役立った。ザック内に装備を一通りブチ込み、テントを出た後は速攻でフライ収納・ポール抜去・ペグ抜去・テント収納と流れるように撤収が完了した。その後、天狗山荘へと移動。今回、非常に幸運に恵まれたと感じたのは、天狗山荘に立派な自炊小屋があった点だ。自炊小屋は夜間でも施錠されておらず、パッキングを完了した後、夜明けまで時間を潰すのに最適の空間だった。

 0300、まだ夜明けの気配が感じられない深夜だが、この日のルートの厳しさを考えこの時間に自炊小屋を出発。ありがとう天狗山荘。イレギュラーな使い方をしてしまって御免なさいと心で呟いて山荘を後にした。が、稜線に出ると小屋周辺の比ではない暴風。風の壁が身体に打ちつけ、強大な圧力で押し返してくる。こいつぁ無理だ。自炊小屋へ戻る。0430、再度出発。しかし、稜線で同じように押し返されて再び自炊小屋へ。やばい。かなりヤバイ。まだ3日目の不帰キレットを前にこの足踏みは致命的にやばい。こんな場所で時間を無為に浪費する訳にはいかない。気持ちが焦る。大いに焦る。0500、テントで泊まっていた親爺さんがテントを抱えて自炊小屋へ避難してきた。ほうほうの体で撤収してきたらしい。親爺さんと昨晩の暴風について愚痴りあっているうちに、数名の登山者が不帰キレットの方に進む姿が見えた。行けるかな…でも、あの風じゃ危険すぎるな…と考えているうち、親爺さんはテントをたたみながら不帰キレットに向うと私に告げた。そうか。親爺さんも行くのか。意を決した。エリアには数名の登山者が入っており、風と霧は凄い物の、明るさは確保されている。よし、行こう。皆が行けるなら自分も行ける筈だ。
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 0530時、三度天狗山荘を後にする。濃霧に包まれながら風に煽られ不帰キレットを目指す。前方に3人パーティがいたが、進むべき方向を見失っているようだったので、登山ルートを指し示す。先ずは天狗の頭までの行程だ。難所までのウォームアップ箇所といったところ。天狗の頭に到達すると、そこからは天狗の大下り。ガレ場の下りであり、落石やスリップの危険が付き纏う。幸い前後に人がいなかったので、他人の落石を気にせず進むことが出来た。下りきったところからは不帰キレット本番。切れ立った岩峰が幾重にも連なり、その岩頂を時に巻き時に登り詰めつつ唐松岳へと繋がる。危険箇所には鎖やアンカー、梯子などが設置してあり、不測の事態に陥らないよう最低限の整備がなされている。
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 風は収まらず、視界もさほど利かないコンディションだったが、私の身体は軽かった。計画当初は難所での渋滞を懸念していたが、朝イチに入った事もあり、自分のペースで快調に進めることができた。睡眠不足の割には、さほど影響を感じることはなかった。0720、唐松岳到達。視界が利かないので通過し、頂上宿舎を目指す。程無く頂上宿舎に到着し、ザックダウン。丁度、北アルプス遭難対策協議会(遭対協)の隊員さんがいたので、これから先のコース状況を確認する。曰く、風が強く天候は良くないが、不帰キレットを渡って来たのであれば大丈夫だろう。五竜岳・鹿島槍はストックを使う箇所は無いので、そのままザックに納めたままが良い。との事。隊員さんから肯定的な言葉をかけてもらい、熱い心を胸に頂上宿舎を後にした。

 ここから先は今まで一度も脚を踏み入れたことの無い山域。五竜岳~鹿島槍ヶ岳は難所が続く縦走路として知られており、休むことが出来る山小屋も限られてくる。厳しい行程だが、脚を止める事は許されない。出発の時点で1時間半のタイムロスを喫している以上、躊躇無く先を急がなければならない。とは言え、五竜山荘が近付いてくると天候が回復してきた。晴れ間が見えるわけではないが霧は晴れ、風もさほど強くなくなった。やっと気が休まると思った0830五竜山荘到着。ここで食事をと考えていたが、困った事に軽食提供時間前なので、食事にありつくことができない。仕方なくベンチに戻り、パンをパクつきながら思案。(思ってたよりも行程が速く進んだでな。予想外のアクシデントやけど仕方ないやろ。次のキレット小屋まで3時間前後か…。難所続きのところやけど、そこで昼メシ喰うことにするか)。思い立ったが吉日、パンを歩きながら喰うことにし、速攻でザックを背負い五竜岳を目指した。
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 五竜岳への登りでは先行パーティが苦戦していた。岩稜歩きは慣れていないのだろう。安全が第一だ。焦る事なく間合いを取って歩き、一緒に五竜岳に到達した。五竜岳からは単独行動。難所らしい岩場も連続し、気を抜く暇も無い。だがそれがいい。空腹に悩まされ始めた頃、キレット小屋に到着。ようやく安堵できる瞬間だった。
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 キレット小屋に入ってみると、食事提供はカップ麺のみ。軽食喫茶の類はなし。場所柄仕方ないだろう。どん兵衛とカップヌードルを注文し、待っている間ペプシを飲み干す。カップ麺が出来上がり、喰いながら今後の行程を計算した。(この時点で1100。できれば新越山荘まで進みたいが、夕立などを考えると、冷池山荘か種池山荘宿泊が妥当。まだアップダウン続くしな。無理せんと行けるところまで行って決めよう)。昼食を平らげ、人影少ないキレット小屋を後にした。
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 エネルギー補給が完了したためか、体の動きにキレが戻ってきた。難所も終わったので、ダブルポールでリズム良く進む。と、鹿島槍北峰を通過。想定していた時間よりも60%も速い!どっかにワームホールでもあるんか!?!驚きつつも先に進む。その後も快調に峰々を越え、爺ヶ岳~スバリ岳の稜線が見えてきた。冷池・種池の各山荘も見て取れる。思いのほか近い。これはもしかしたら新越山荘までいけるか?よし、行こう!天気が何日持つか分からん今、少しでも行程を進めていこう!
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 冷池山荘 - 爺ヶ岳 - 種池山荘と息つく間もなく進み、ようやく最後の1ピッチ。予定では1時間40分程度で到達するはず。しかし、種池山荘からのアップダウンは思いの他多く、ペースは全く上らなかった。それでも集中を切らす事無く歩き続け、1600新越山荘に到着。長く感じた1日だった。2つのキレットを越え、後立山の主峰群を踏んだこの行程は、感慨深かった。今回の山行のハイライトと言っても過言ではないだろう。ともあれ、心身とも無事に宿泊地に到着できた事に感謝した。
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 さて、振り返ってみれば登山歴20年を超えた自分だが、営業小屋に宿泊するのはこれが初めてだった。中学生の時などに白山室堂に泊まったことがあるが、白山室堂は山小屋とはちょっと違うだろう。帳場に行って宿泊手続きをお願いすることは新鮮だった。山小屋の夕食というものに憧れていたので、何が食べられるか期待で胸が膨らんだ。翌日の朝食については早立ちのため、おにぎりにしてもらった。つつがなく宿泊手続きが完了し、部屋へと案内される。比較的新しそうな小屋で、収容人数にも余裕があった。私が泊まる部屋は8人部屋で、他の皆さんは既に到着し、私は隙間にお邪魔する形となった。早速着替えや小物整理などを終え、一息つくことができた。部屋の中は静かだ。何かイメージと違う。もっと皆が談笑しているモンなんじゃないか?等と考えていたが、静かな雰囲気も嫌いではないので、ありがたく仮眠をとらせてもらった。

 束の間の仮眠の後、夕食タイム。待ちに待った時間だ。これと言って変わったものはないが、山で食べるには満足な献立。魚のフライがメインだったのは残念だが。それでも完食。山で好き嫌いなんて言ってられない。御飯・味噌汁もお代わりし、明日に向けたエネルギー補給は完了。大変満足でございました。

 テレビで天気予報を見て明日以降の行程を考える。明日以降、日中は晴れやすいが夕立が多いとの事。行動時間の切り上げが問題やな。あと、テント泊じゃなくて小屋泊まりに変更する事も想定せにゃ。。。などと考えながら部屋へと向う。布団を敷きなおし、明日の出発の準備を整えて横になる。左側にいる爺さんはしきりに柱が邪魔である事をアピール。誰にアピってんだか。この爺さん、夕食中も盛んに小首をかしげて食事内容に不満をアピっていた。決して大きな声では言わず、小声でブツクサ言うあたり腹立たしい。文句あるなら喰うなよ。自分でメシ持って来い。
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sea to summit2014 DAY2
2014-08-10 Sun 22:20
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 今回の山行は、全て0300起床の0400行動開始予定で組んでいた。2日目の朝、0300頃に下の階にいた東京からのパーティーが登山準備を始めた音で目が覚めた。パッキングは前夜に済ませていたので、手早く朝食を摂って小屋を出る。外は雲一つ無い快晴。星空も下弦過ぎの月も美しい。3時半、奥様方に見送られながら出発。この日の予定は栂海山荘→白馬山荘or天狗山荘。

 前日苦しめられた筋硬直も、さほど影響は残っておらず、体は快調に動く。衣類は昨日の汗による濡れを残しているが、行動している分には寒さを感じる事はなかった。ヘッドライトに照らされた、刈られたばかりのチシマザサが覆う登山道をスイスイ進む。山岳会の皆さんに感謝。真面目に草刈をしていただいたお陰だ。

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 時間を追うにつれ、空が明るさを増す。黒岩山~長栂山~朝日岳の稜線が次第にその姿を露わにしてきた。前回登山で完全に心を折った光景。遠すぎる朝日岳の頂に何度絶望を叫んだ事か。しかし、今日は時間的にも体力的にも余裕がある。ザクとは違うのだよザクとは。脚に負担をかけぬ様、ダブルポールを効果的に使って先を急ぐ。

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 アヤメ平を前にして、いよいよ雪渓が登山道に広がってきた。今回、ストックを持参したもう一つの理由は雪渓歩行にあった。朝日小屋サイトからの事前情報では、朝日岳周辺は例年よりも残雪が多目らしい。アヤメ平には急傾斜にステップが切られ、朝日岳水平道は積雪により通行止めとの事。緩い傾斜の雪渓であれば登行していく自信はあるが、ある程度以上の傾斜になるとトレイルランニングシューズでは太刀打ちできない。軽アイゼンを持つかピッケルを持つかの選択が常識なのだろうが、ファストトレックでその選択はありえない。今回は蛇除け兼雪渓仕様としてトレッキングポールを使用することとした。結果として、雪渓上歩行はトレッキングポールで何の問題も無かった。気温が比較的高かった事もあり、夜明け直後であってもポールのピックは雪渓に良く効いた。シューズソールの頼りなさを補って余りある支持力であった。

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 鬱蒼とした樹林帯を抜け、いよいよ森林限界へ。いよいよ栂海新道もクライマックス。軽快に長栂山を抜け、8時朝日岳へ。遂に北アルプス北端へ到達した。ここからは後立山連峰に進む高山帯。景色の美しさとは裏腹に、薄くなった酸素が身体を蝕んでいく。日差しも昨日より強く、ジリジリと肌に突き刺さる。近付く雪倉岳。この山も前回登山では苦杯を舐めさせられた。満身創痍の状態で登らされた無慈悲な瓦礫地帯。そこには神も仏もいなかった。今回はダブルポールで淡々と登っていく。心を無にして只々脚を進める。邪念を纏っていてはいけない。

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 雪倉岳を制し、避難小屋を経て三国境へ。次第に人が増えてきた。流石北アルプス北部。人気の高さは伊達じゃない。そこかしこで休憩しているパーティーの横をすり抜け、白馬岳を目指す。3000m近くまで登り、みんな疲労が隠せないのだろう。そう言う自分も空腹に包まれ、もはや目的地は白馬岳ではなく、白馬山荘スカイプラザ。山頂を制する覇気なぞ微塵も無く、スカイプラザのメニューに思いを馳せるのみであった。

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 無事白馬岳を通過し、白馬山荘スカイプラザへ。速攻でラーメンと牛丼を注文し、備え付けの冷水に噛り付いた。冷水の旨い事!程無くして注文した品が届き、貪り喰う。五臓六腑に染み渡る。山で喰う飯の旨い事!普段は見向きもしないラーメンスープも飲み干し完食。その脚で村営宿舎に移動し手紙をポストに投函して再出発。

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 時間が遅くなってきたので、この日の行動は天狗山荘までとした。となると、当初予定になかった白馬杓子岳が気になる。白馬三山と呼ばれるだけあって、全ての頂を踏んで行きたい。疲労した身体に鞭打って杓子-白馬鑓を踏み、無事天狗山荘へと到達した。
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 天狗山荘到達は16時。既に夕闇迫る時刻だった。多少風はあるが、幕営するには何の問題も無い天候。雨が降る気配も無く、幸運にも繋がった携帯からも、天気予報は崩れない旨を示していた。家族・職場に電話を入れ安否確認終了。FBにメールでアップロードし、やるべき作業を全て終えた。テント内に入り、携行食料を口にする。2日目にしてなかなかハードな行程だったが、体力の消耗は危険を感じる程ではなかった。急激な心拍上昇・筋硬直に気をつけて行動し、行動食を小まめに摂取すれば大丈夫との確信を得た一日だった。
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sea to summit2014 DAY0~DAY1
2014-08-09 Sat 22:04
 2014年の夏は冷夏と春の段階から予報されており、梅雨明けの遅れ・天候不順・気温低下などの不安が常に付き纏った。しかし、そんな気象庁の予報をよそに小笠原気団はその存在感を存分に発揮し、7月10日を過ぎると沖縄~九州南部を梅雨明けさせ、週間予報でも晴マークを連発させる活躍を見せてくれた。21日の海の日3連休過ぎに信越地方の梅雨明けが期待されたため、職場には1週間の休暇を申請し、15日にはパッキングを済ませて登山準備は滞りなく完了した。

 そして海の日3連休。19日土曜は地区の夏祭りだったため飲酒。ご機嫌で帰宅し就寝。20日日曜は昼前に山田氏と待ち合わせて親不知へ向う手筈。しかし、未明の雷雨で早朝予定されていた廃品回収が中止となり、朝食後には出発できる状態となった。おあつらえ向きだ!今回のハードコースを考えれば、1日目から行動時間をしっかり取り、可能な限り距離を稼ぎたい。リードタイムは多いに越した事は無い。と言う事で山田氏に打診するが、相談の結果、出発時間は従来通りと。山田氏御免。無理言った。

 1000丸岡ICにて合流。快適なハイブリッドフィールダーは滑るように北陸路を進む。真夏の日差しを浴びながら、男2人は親不知に降り立った。9年ぶりの親不知観光ホテル。清掃中の館内にお邪魔し、最後のウォシュレット。12時半、ホテル横の階段を降り日本海へ。灼熱の太陽と紺碧の海。気分はビーチでバカンス。しかし、私に残された時間は少ない。今日中に栂海山荘まで行かねば、明日以降の行程に差し障る。サッサと小石・海水を採取し、ザックにパッキング。山田氏に別れを告げて国道8号線を渡った。

 sea to summitの序章は栂海新道。親不知から朝日岳直下までを結ぶルート。海抜0mから登り始めるわけで、真夏の低山が堪能できる。とにかくクソ暑い。全身汗ダク。しかし、急がねば明るいうちに栂海山荘まで行き着かない。午後からは夕立の予報も出ている。ゆっくり登る事は許されない。前回の反省を活かし、筋疲労を覚えないペースで登るが、HRは160~170と高め。果たしてどこまで心肺筋力が持ってくれるか。

栂海新道入口


 もう一つ心配されたのが、蛇蜂虻蚊。ネットで登山報告を調べてみると、かなりの確率で蛇虻に悩まされると書かれていた。その対策としてトレッキングポールを購入。登山道を横たわる蛇がいた場合、強制排除して進む事が出来る優れものだ。。。しかし、今回は幸か不幸か蛇蜂虻に悩まされる事は無かった。まぁ不幸って事はないな。最大の幸運と言っても過言ではないかも知れない。

坂田峠を過ぎると次第に日は陰り、ガスに包まれるようになった。外気が涼しく感じられるようになり、体力の消耗も押さえられてきた。しかし、焦りが影響したのか次第に筋の硬直が顕在化してきた。右足の下腿・左足の大腿部が断続的に硬直を起し、足運びを間違えば攣りかねない状態。ダブルポールを使って騙し騙し歩く事により、何とか窮地を乗り切った。

白鳥小屋


 シキ割を過ぎたところで、山奥から「ホーッ!ホーッッ!!」と謎の雄叫びが響き渡ってきた。暫く歩くと、道端にテントが建てられており、傍らに男性が立って山奥を見つめている。コチラに気が付くと「サルが近くにいる」と言い、注意を促してきた。この男の人はサルに囲まれて一晩テントで過ごすのか…と思うと他人事ながら身の安全を祈らずにいられなかった。

 ペースも次第に落ちてきた頃、黄蓮の水場に到着した。ここに来るまで相当水を消費した。明日の行動を考えれば、ここで水をフル補充しておく必要がある。幸い水場の水量は豊富で、ハイドレーション2リットル・水1リットルをつつがなく補給完了。これで朝日岳までは問題なく持つだろう。あとは重さに耐え、栂海山荘まで登りきるのみ。

16時、待ち焦がれた栂海山荘に到達。待ちに待った宿泊地。時間は遅くなってしまったが、夕立もなく無事に山荘まで歩いて来れた。山荘の扉を開けると、そこは談話室だったようで、中から親爺さんが歩み出、「小屋に入るのは隣から。今日は人が少ないから2階でユックリ休みな。お疲れさん」と声を掛けてくれた。後で話を聞いてみると、どうやら登山道整備の地元山岳会の方々らしい。再度山荘の扉から入室し、利用金2000円を支払って教えてもらった2階のスペースへ移動する。中々広い。ちゃんと一人分のスペースが区切ってある。しかも銀マット+毛布数枚が各スペースに用意してあり、マット・シュラフなしでも泊まれる素晴らしさ。ここまで苦労してきた甲斐がある。早速、夕食・身支度を整えて1900過ぎには就寝。

栂海山荘


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。海の日3連休に地元山岳会が登山道整備した後に山小屋で大人しく寝るだろうか。答えは否である。隣の談話室から洩れるランプの明かりが妖しさを増して来た頃、宴は更なる盛り上がりをみせた。とは言っても、事実上一人の親爺さんが盛り上っていただけだったのだが。親爺さんは盛んに会の活動・メンバーの活動について熱く語り、周りのメンバーも付いて行くのがやっとだった。かと思ったその時、突然若手メンバーと思しき男性を名指しし、「お前!真面目にやれってんだよ!!」と絡み始めた。全員「何を?」と疑問符に包まれた次の会話…「お前、独身だろ!」 「ハイ」 「だからお前!真面目にやれってんだよ!!!」 「何をですか」 「結婚に決まってるだろお前!真面目にやってんのか!」 「ハイ」 「どんな事だよ!?」 「まぁ、友達らと食事とか…」 「バカ!!お前!全ッ然駄目だよ!!そんなんじゃぁ!!!」 …等と駄目出しの連発。これじゃぁ若手男性涙目だ。一しきり親爺さん吠えた後、他の年配会員が「じゃぁどうやったら真面目に結婚できるの?」と聞くと、親爺さん曰く「ニット教室とか行くんだよ!ニット教室!!そこで女の子と仲良くなるんだよ!!!」と答えて一同爆笑。そんな親爺さんも酒に呑まれてはいたモノの良識は失っておらず、「おい、8時ンなったぞ!」との号令一下、メンバーは大人しく就寝準備に取り掛かり、山荘に静寂が戻された。

山荘内1
山荘内2
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sea to summit2014 その1 -sea to summitとは-
2014-08-08 Fri 22:04
文字通り、海辺(sea)から山頂(summit)までを表す言葉。その他に使われる用例として、mont-bell社が主催しているアウトドアイベント(カヤック・MTB・トレッキングを組み合わせたプチアドベンチャーレース)や、ライトウエイトギアのアウトドアブランドとして有名なSEA TO SUMMITなどがある。

 まぁ、横文字を使って格好良い事を言ってみたものの、要は「北アルプス長期縦走」とか「北アルプス長期登山」って言葉で片が付く。

 今回は、新潟県親不知海岸から北アルプスの主峰群を踏破して西穂高岳に至る全長120km余りのを登山ルートとして設定し、6日~9日かけて踏破する予定を立てた。

 stsの事を知ったのは何時だったか覚えていない。しかし、2005年9月には1度挑戦しているので、少なくとも2004年には親不知~北アルプスのルートが存在している事を知っていたのだろう。
 
 前回挑戦時は、35㍑のザックに食料をパンパンに入れて、20kg近い重量を背負って登山に挑んだ。入山前日に親不知観光ホテルに宿泊し、ホテルのマスターに登山計画書を提出して情報を得た。その場でマスターに装備のコンパクトさを誉められ、お墨付きを貰って登山に臨むことが出来た。

 そして翌日、登山1日目。前夜から寝付きが悪く、睡眠を諦めて2~3時間睡眠で午前1時過ぎから登山を開始した。深夜の日本海を出発し、暗闇に恐れ戦きながらの登山。気が焦り、かなりのハイペースで次々ポイントをクリアしていく。菊石山を過ぎた辺りから新調した登山靴による靴擦れに悩まされ、サワガニ山からは脚の痙攣と関節痛、黒岩山からは重度のハンガーノックと散々な目に遭いながら、16時に朝日小屋に到着。気力体力はほぼ残っておらず、這うように幕営の後、就寝した。

 明けて2日目。予定であれば4時起床5時行動開始だったが、体が全く動かず、気力も漲る気配が無いので7時まで就寝し、8時行動開始。体調は全く戻っておらず、雪倉岳までの登りで距離の遠さに愕然とし、避難小屋で宿泊。3日目に白馬大雪渓を下って下山という何とも情けない山行だった。

 それから9年。40を来年に控え、体力に陰りを覚える年になり、多少厳しい登山に挑戦するには残された時間が少ないと感じるようになった。今回はしっかり準備し、成功を収めたい。2013年から装備の購入や1泊2日のファストトレックなどで経験をつみ、sea to summit 2014成功に向けて歩み始めた。

 しかし、準備は順調とはいえなかった。一気に装備を揃える事は困難だったし、トレーニング山行も1回しか行けなかった。5月のトレーニング山行では比良山系に入り、1泊2日でロングコースを往復し、長時間行動に対するノウハウを蓄積する事が出来た。しかし、如何せん標高差の少ない山域であり、本当であれば6月、7月に1回ずつ1泊2日で標高の高い山域をファストトレックする予定だったが、諸事情により断念せざるをえなかった点は大きな不安要素といえた。

 日々の生活においては、片道1~2時間の自転車通勤、若しくは1日1時間の歩荷を主としたトレーニングを継続し、心肺機能及び脚力体幹の強化を目指した。週4日はLSDペースですすめ、残り1~2日はインターバルやペース走など負荷を高めて行った。このトレーニングは山行2週間前まで行い、山行1週間前は全く身体を動かさず疲れを抜く事に専念した。その他、カーボローディングやウォーターローディングなどは行わなかった。
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sea to summit DAY-7
2014-07-26 Sat 09:22

ぶじげざーん。
今からフロ入って飛騨牛喰って帰ります。
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